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身分も立場も大きいが、血縁への懐疑心もかなり負担になっている自覚はある。
戦争の最中、太陽王の妻であったイシスが月へと戻されて、兄王との再婚を強要されたのは間違いない。
イシスはセリスの母だ。
そして、はっきりとはわからないがラムウィンドスは太陽王の血筋。母を同じくしているかもしれない。
「いずれにせよ、いまその相手が目の前にいないのなら、結論を急ぐ必要はないでしょう。もしどこかで偶然会って、惚れ直す機会があれば、それでいいのではないですか」
「そう、ですね。さっきは一瞬、我を失ったというか、取り乱してしまって。恋なんて」
「自分を責めないで。人間には心がありますから、心に振り回されることはあります。その全部を否定していては、なんのために心があるかわかりません。とはいえ、感情に流されて目的を見失ってはいけない。あなたの真の目的はなんですか」
「目的ですか」
目の前に広がる光景。耳に聞こえる音。鼻腔に押し寄せる匂い。乱舞する色、立ち並ぶ石の神殿、すべてを包み込む空の青。
思いもかけなかった世界が広がっている。離宮にいた頃には、想像もしなかった世界。
(離宮に閉じこもって、どこへも行けなかった小さな姫はもういない。ここまで自分の足で来た……)
「世界はとても大きくて、うつくしくて。僕はとても小さいけれど。僕がここにいるのは自分の気を紛らわす為でも、力なさに絶望することでもなくて」
(アルザイ様を止めるために来た。月との戦争を、始めさせてはならない)
徐々に、風が吹き込むように身体に力が巡りはじめる。
セリスはその場に立ち上がった。
そのセリスの一挙手一投足をやはり注意深く見ていたアルスであったが、最後にセリスの目を見据えた。セリスもその目を見返した。そして、言った。
「神殿の中に入ってみたいです。この機会に、アスランディアについて知りたいんです。できるだけ多く」
「わかりました。行きましょう」
アルスはすばやく立ち上がった。
法衣の裾が階段をさらうのも気にせず、すたすたと上り始める。その後に続きながら、セリスは声をかけた。
「旅人が神殿に滞在するのは可能でしょうか」
「もちろん。普段ここに滞在するのは主に信徒ですが、アスランディアはイクストゥーラの民を歓迎します」
セリスは顔を上げた。
この地におわす数多の神々。信仰を違えているというのは、大きな意味があるはず。
それにも関わらず、アルスは月は太陽の輩であると、認めた。
振り返ってセリスに顔を向けてきたアルスは、紫水晶の瞳を細めて、笑って言った。
「待っていましたよ、月からの旅人よ」
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