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その夜の出来事
「気が変わった」
ライア王女の訪問を受け、歓待の小宴を夜に控えた夕刻。
執務を終えたアルザイが、側近である白金色の髪の青年に向かって言い放った。
「どのように」
青年は、短く問い返す。
「ライア王女とは俺が単独で会う。お前は同席する必要がない。……あの鬼畜美形と積もる話でもしてこい」
いついかなるときも豪放磊落な態度を崩さず、ときに人を食った豪胆さが持ち味であるアルザイが、この時は少しばかり様子が違った。半日そばにいてそれを肌身に感じていた青年は、机の上に書き付けた羊皮紙を散乱させたまま立ち上がったアルザイに、冷淡な調子で言う。
「ずいぶんとイライラしているな」
「誰が」
「ここには俺と陛下しかいない」
アルザイは足音も高く青年に歩み寄ると、にやりと片頬歪めて笑い、「それはつまり、俺が?」と剣呑な調子で言った。青年は取り合う様子もなく、机に歩み寄って、紙の束をまとめる。
「有体に言えば、落ち込んでいる」
「お前に言われたくねぇな。お前こそ、露骨に落ち込んでいるだろ。あの鬼畜美形が、月の姫を放り出してお前を追いかけて来たのが気に入らねぇんだろ?」
「アーネストが俺を追いかけて来た? どうしてそう考えた?」
窓から差し込む夕日に全身を茜色に染めて、青年は心底不思議そうに言う。
「他に、あいつがここに現れる理由が思いつかん」
「ライア王女の護衛では?」
「だから、それがわかんねえんだよっ。クソが。ったく……意味がわからねえ」
イクストゥーラのアーネストが、イルハンの王女の護衛としてマズバルに現れた件。
アルザイには、何かに見事にしてやられた感覚はあるのだが、肝心の「何」にやられたのかが全くわからず、珍しく苛立ちが制御できずにいた。
実は、してやった側であるはずのライアとアーネストも「何」をしたのかいまだよくわからず、頭を抱えているのだが、そのような事情は知ったことではない。「偶然」や「作り話」を全く信じていないだけ、アルザイの方がより混迷の只中にいた。
「ゼファードの奴、いつの間にイルハンと通じていたんだ……?」
結果的に、アルザイの策謀に長けた性分が悪い方に作用しているのだが、考えすぎを指摘できる者は今のところ一人もいない。
「そうだな……。どうせイルハンと通じているのなら、ゼファードはライア王女と結婚するべきだったな。輿入れの護衛だなんだと理由をつければ、月の軍をそこまで進められた。確実に、今のまま砂漠とぶつかるより、戦況は有利になる」
「さらっと願望混ぜてるんじゃねーぞ。お前はゼファードがよその姫を娶ることで、『幸福の姫君』の身が浮けばそれだけでいいんだろ」
すかさず言い返されても、青年は素知らぬ顔で主を置いて歩き出す。
納得いかない様子のまま、アルザイも後に続く。その表情はいつになく暗かった。
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