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白金色の髪の青年に案内されて廊下に出ると、たしかにアーネストが待っていた。
乏しい灯りの中、その綺麗な顔を見たら涙が出そうになって、慌てて顔を逸らす。
「ライア様。お側についていられなくて、申し訳ありません」
「良いのよ。私は賓客よ、この王宮で危ない目になんか合わないわ」
つとめて明るく言ったつもりだが、アーネストの表情は暗い。まさか、部屋の中の物音が聞こえていたのだろうか。それは嫌だ。
距離を保って立っていた青年が、とりなすように言った。
「アルザイ様の様子がおかしかったので、戻ったが……。少し遅」
ライアは力強く、青年を両腕で突き飛ばした。こんなに簡単に隙を突かれても良いのか、と思うほど青年は突き飛ばされてくれた。大してよろめきもしなかったが。
「べつに! 何もなかったわ! アルザイ様とお話していただけ!」
言い訳しながらよく見ずに歩き出したら、アーネストにまともにぶつかった。見上げると、アーネストは冷気漂うほどの無表情で青年を見ていた。
「『少し遅』……?」
極力感情を抑え込んでいるようだが、死ぬほど物騒、という不穏な声だった。返答次第で誰かが死ぬ。
「アーネスト、ちょっと落ち着いて。いいから、落ち着いて。何もなかった何もなかった」
ライアがなんとか注意を逸らそうと思って言うと、アーネストはちらりと見下ろしてきた。そして、ライアが肩にかけていた布をじっと見た。
「赤に、赤?」
「え?」
「せっかく綺麗なお姫様らしい装いやのに、その布は合わん。あのオッサン、趣味悪いな」
「ああ……」
アルザイの名誉の為に、この布は正装とは別の……、あの男が身に着けていた、見ようによってっはおそろいの……と言うべきか悩んだ。
しかし、ではどういった経緯で、アルザイが自分の身に着けていた布をライアに寄越したかなど、面倒な説明はしたくなかった。
(しかもさらっと綺麗って……)
さすがに、着飾っているのは認識できているんだな、と思うと嬉しいような恥ずかしいような。顔を合わせるのがこそばゆくて下を向くと、アーネストの声が頭上から降って来た。
「本当に、大丈夫やの? 何があったか言いたくないなら、無理に言わんでいいけど」
「大丈夫」
(今顔を見たら、きっと泣いてしまう……)
俯いてやり過ごそうとしたが、アーネストはなかなか離れてくれない。側にいる。まるでライアの、本物の護衛のようだった。
「ライア様からすごく良い匂いがする。この花かな」
ライアの髪を飾った花のことを言っているのはわかるのだが、その距離にいられると、心臓の音も聞こえてしまいそうだ。まずい。
青年はさして興味がないのか、廊下を先に立って歩き出した。
「とりあえず、部屋まで案内する。アーネストは、なるべく王女のそばに。離れたくないだろう」
「当然やな」
(離れたくないとか、当然とか。普通にそういうの。ものすごく……期待してしまう)
少しお酒を飲んでいて、アルザイとはあんなことがあって。神経が高ぶっていたところで、アーネストが優しかったので。
よくわからないけど、涙が出そうになって、ライアは歯を食いしばって堪えた。
「そうだ、ライア様。あなたには不便をかけるなと、アルザイ様が。何か必要なものはありますか」
青年が抑揚の乏しい声で言う。
太陽の遺児。
遠く数多のオアシス都市まで名を馳せる彼は、もとは月の国に身を寄せていたという。
今はアルザイの側近だ。アーネストの元の上官でもあり、セリスの……。
(セリスの……?)
ライアは思わずアーネストを見る。視線を感じたのか「何?」と言われるが、この場で言って良い話題ではない気がして、口をつぐむ。代わりに、青年に申し出た。
「遊戯盤が、欲しいです。夜通し遊ぶから」
「すぐに用意する。相手も必要ですか」
尋ねられて、ライアは一瞬答えにつまってから、横にいたアーネストの腕にしがみついた。
「相手はいるから大丈夫!」
「わかった」
青年は軽く請け負って、前を向いて歩き出す。なんというか、余計なことを言わない男だな、という印象が残った。
アーネストは、一瞬腕をほどこうとしたが、思い直したのかそのままにしてくれた。彼なりに、ライアの不安を受け止めてくれようとしている気がした。ただ、小さな声で不満のようなものを漏らしていた。
「遊び方はわかるけど……。オレ、あんまり強くないんやけどな」
少し弱ったような声だった。
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