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「興味があって」
まったく悪びれなく言うアルスには、後ろめたい気持ちなど露ほどもないに違いない。
手足に痺れと倦怠感があり、酒だけでこれはおかしいと考えているセリスに、「薬も使いました」と朗らかに言い切ったのだ。
純粋な悪意を感じた。
帰りましょうという割に、連れ込まれたのは市場からほど近い、レンガ造りの一軒家だった。
人の気配はない。
(悪い大人がはめる気ではめたというのは、冗談ではないようですね)
寝室らしき部屋の低い寝台にセリスを横たえて、灯りを一つ点けただけの薄暗がりの中で、アルスは実に愉快そうに言った。
「あなた自身よくおわかりではないようですが、月の王家の銀髪は希少です。旅の道中、会わなかったでしょう? 月の国は閉鎖的ですからね、周辺の者も内情をよくわかっていません。月の国には結構いると軽く考えている者も多いんですが、実際にはほとんどいないんです」
月の国の事情に通じている。
王家の髪の色を正しく理解している。
それはつまり、「お前が誰かを知っている」という意味だ。
「あなたは、はじめから、わたしのことを」
「ええ。はじめから」
あまり呂律のまわらないセリスの言葉を継いで、アルスはくすくすと笑い、セリスのすぐそばに来て、腰を下ろした。紫水晶の瞳でセリスを見ている。
何をするつもりなのか、と。
全く自由にならぬ身体で尋ねるのは恐ろしかったが、せめて目を逸らさぬように見る。
アルスが腕を伸ばしてきて、セリスの頬に五指を這わせた。
背筋に寒気が走る。
やめろ、と口を動かそうとしたら、突然指で唇をこじあけて口腔内に指を二本ねじこんできた。
「……っ!?」
喉が鳴り、唾液がこみ上げてくる。
(苦しい……ッ)
アルスはセリスの苦痛などまったく気にした様子もなく、指で頬の内側や歯列や舌を嬲る。口の端から唾液が伝る。
「嫌なら噛めばいいんですよ。ほら、噛み千切ればいい」
挑発に乗る形は嫌だが、セリスは他に意志表示の方法ももたず、ぐっと歯を合わせる。
顎に力が入らず、噛み千切るには遠かったが、アルスは軽く息を飲んで指の動きを止めた。そして、笑みを深めて言った。
「ああ、必死の抵抗っぽくて良いですね。すごく可愛いです」
(……ド変態だった)
この状況で、可愛いという単語選択は明らかに間違えている。セリスが目に力を込めて睨みつけると、再び動き出した指に下唇をぎゅっと摘ままれた。
「駄目ですよ、そういうの。あなたは結構気が強いと思うんですけど、ことこのごに及んでそういう目で男を煽らない方がいい。手足もろくに動かせないのに」
口調だけは柔らかいアルスの脅しに、得体の知れない恐怖を感じる。煽る、とは。
「選んだ伴侶を覇王に導く──でしたっけ。身体を繋いでしまえば、選んだことになるんでしょうかね」
セリスが声もなく睨みつける先で、アルスはセリスの口内を侵した指に、自らの唇を這わせて指に絡んだ唾液を舐めとり、にこりと微笑んだ。
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