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 セリスは必死に怒りを持続させようとした。冷静さを欠くわけにはいかないが、絶望にとらわれるのはもっといけない。  相手の望みが「幸福の姫君」だというのなら、()()()()()()()()()()()()()だなんて。 (以前考えたことはある。でも、二度とそんな方法に逃げるものか)  アルスの行動は興味程度であって、「幸福の姫君」を切望しているわけではない。セリスが死んでも、遊びが一つ終わる程度の感慨しかないだろう。セリスは死ぬのに。  セリスは痺れた舌で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。 「『幸福の姫君』なんて理由で襲われることが、今まで実はあまりなくて、忘れてました……」 「そうでしょうね。発表そのものは最近ですが、比較的早い段階でゼファード王が姫との結婚を示唆して、興味本位での申し入れを遮断しましたから」 「それは、砂漠との戦争を視野に入れたものだと……」 「あなたに対しての建前はそうですが、二代に渡る近親婚に対して、反発は無数にあったと思います。国に繁栄をもたらす姫との婚姻を発表したことで、かえって月の王家は支持を失っていた。人の気持ちが、王家から離れつつありました。……ゼファードの望み通りにね」  アルスの顔から笑みが消えた。 (ゼファード兄様の、望み……?) 「アルス様は……、アスランディアがなぜ滅びたのかを……。いえ、直接の原因は戦争ですが、ではなぜ戦争がはじまったのかを、ご存知ですか」  ああ、今さらアルス様、じゃない。とセリスは内心後悔したが、アルスも同様の思いを抱いたらしく、口の端をつりあげて笑った。 「そういうの、良いですね。いつまでそういう丁寧な話し方をしてくれるのかな。あなたは実に育ちが良い」 「もう言いません」  喜ばせるのは癪だったので、セリスは速やかに態度を変えた。  アルスはくすくすと笑い声をあげて言った。 「あの戦争は、おそらくアスランディアが仕組んだものです」 「それは、どういう……」  身体を起こそうとしたが、思ったほど動けず、横たわったままセリスはアルスを目で追いかけた。アルスは片足を伸ばし、立てた片膝を軽く抱きかかえるようにして座り直す。セリスから視線を外して、虚空を見据えて口を開いた。 「ここ数年私なりに調べてきましたが、一国が滅びたわりに、被害が軽微なんですよ。確かにかつてのアスランディアは瓦礫となり果て、砂塵に帰しましたが……。戦後処理がうますぎる。アスランディアには何か、()()()()()()()があったのでしょう。そして、その事実を月の国は隠蔽して葬り去り、砂漠の国は後世へ歴史として残そうとした。これも、おそらく意味があります。わかりますか」  もはやまったくふざけた様子のない紫の瞳がセリスを見る。
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