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「月は隠した……。誰から……?」
声に出して呟き、セリスは目を閉ざした。胸の中に穴が開いて、どんどん大きくなっていく。そんな感覚があった。気を抜いたら、きっと穴にのまれてしまう。その虚無感に耐えて、たどりついた言葉を告げる。
「月の民から、隠したのでしょう。そして王家は民の支持を失う愚かな策を選び……」
(ゼファード兄様)
残してきてしまった、月の国に。
何を背負っているのか、全然わかっていなかったから。
一人にしてしまった。
「月もまた、かつての太陽のように、自ら砂漠に滅ぼされようとしている」
「うん。理解が早いですね」
アルスに褒められても全然嬉しくはない。
どうして、とか。何故、といった思いは浮かんでこなかった。
それはアスランディアが滅びを選択した理由がわかれば、おのずと知れる。セリスは、ゼファードを置いてきてしまったことがひどくこたえた。
ゼファードは、初めからすべてを了解していたに違いない。
そしておそらく、アルザイも。
「そんなの……。なんで月の王はアルザイ様に押し付けたんだ……。たとえ戦争の被害をどれほどおさえようとも、王は生かされない。本当は、仲良いくせに。アルザイ様に、殺してもらおう、だなんて」
アルザイだけではなく。
ずっと月で一緒にいたのに、砂漠へと行かせてしまったあの人に。
セリスが苦しげに呻きながら言うと、アルスは大きなため息をついて、自分の茶色の髪をかきむしった。
「そういう子たちだから、仕方ないですね」
(……子?)
セリスがアルスの様子を目で追うと、顔を向けてきたアルスはすでにいつもの笑みを浮かべていた。
「あなたも少し不思議な人です。この期に及んで、誰かに助けてもらうのを全然期待していない。あなたに知識を与えたのはアルザイで、剣を教えたのはあいつで、自由にすべく解き放ったのはゼファードで……。ここまで守ってきたのはあの綺麗な青年かと思いますが。こうも追い詰められたときに、誰かが助けに来てくれるとは全然考えていないで、自分でどうにかしようとしているでしょう。本当に興味深いです」
(誰かに、助けてもらう?)
確かに、一瞬たりとも考えていなかった。なぜなら今この場にはセリスしかいない。
「僕は、あなたにはめられてしまいましたが。このまま黙って、いいようには」
身体は動くか? 指の感覚を確かめる。
アルスは得体が知れない。ただ、弱き者とセリスを侮っている。その驕りに隙を見出さなければ。
「いいようにはされたくない? 強がりですね。もうされているでしょう」
少しの間まともに話してくれていたので、気が変わったのかなと考えたのは甘かった。セリスの反抗が、アルスの暗い何かを刺激してしまったらしい。笑い方が慎ましいものから邪悪なものに急速にとってかわっていく。
どうにか動かなければ。
そう思う間もなく、アルスがセリスの身体の両脇に手をつき、覆いかぶさってきていた。
「『幸福の姫君』が男でも女でも、どちらでも良いんですよね。ただ、あなたを手に入れたときに何が起きるのかは興味がある。試させてくださいね」
目を見開いたセリスの頬に手を添えて、楽しそうに言った。
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