兄妹

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「セリス、そういう思い込みは不愉快だ。私にも父上にも失礼だよ」 「……申し訳ありません」 「本当に、申し訳ないと思っているのかい? 私がなぜ怒っているのか、本当にわかっているかい?」  問い詰める声の調子は厳しく、セリスは力なく首を振るのが精一杯だった。  ゼファードはすっと目を細めた。そうしていると、親しみやすい人だと思ったのが不思議なほど酷薄な印象になった。 「よくわからないなら、簡単に謝るべきではない。王宮には、これまで姫が会ったことがないような心根の腐ったような奴や、己の利しか考えない腹黒い奴がいっぱいいるんだよ。そういった連中に隙を見せることになる。いいね、まずそのことを頭に叩き込んでおきなさい。……返事はできる?」 「はい」  勢いにおされて頷いた後に、ゼファードの言ったことが少しずつしみこんできた。  ゼファードはそこでようやく表情をゆるめた。氷が陽射しに溶けるように、その顔にあたたかいものが広がっていく。 「よし、素直であるというのはいいことだ。その素直さに免じて、怒りはといてあげよう。但し、約束をしておくれ。自分のことを迷惑だとか、私や父上がそのように思っているとかいうようなことは、二度と言わないと。誰がなんと言おうと、私は君を愛している。この愛を疑うような言葉、そのかわいらしい唇からは聞きたくないよ」  ゼファードは手を伸ばしてセリスの顎をとらえて上向かせる。そして、親指でセリスの唇をそっとなぞった。  背筋に、得も言われぬ悪寒が走った。  笑っていてくれれば良いのに、ゼファードの表情はまた真剣なものに取って代わられていて、気持ちが落ち着かなくなる。 「あの、兄様……」 「バカ王子。いい加減にするように」  返答にまどうセリスと、真剣なゼファードの視線の交じるところに、大きな障害物が現れた。 「人目があるところでおかしなことをするな。また親バカ王子派の連中に、ぜひとも『幸福の姫君』を王妃にとか言われるぞ」 「ラムウィンドス。妬いているね?」 「疲れているだけだ。早く帰って寝たい」 「帰っちゃだめだろ」 「なら、早く行くぞ」  ラムウィンドスの態度や話し方は、これまでセリスが会ったことのある誰よりもそっけなかった。  何より、誰よりも偉そうだった。  飾り気が無いだけに、その不遜さは圧倒的だった。  セリスは言葉もなく目の前の背中を見つめてしまう。  簡素な象牙色(アイボリー)長衣(カフタン)をまとい、白金色の髪をひとつに束ねただけの後姿は、ラムウィンドスそのものといった愛想のなさ。  いっそ清々しいほどの一貫性がある。  だからといってそれが好感につながることがないのは、ひとえに怖いことには変わりないからだ。  戸惑うセリスの前で、男二人はまだ何か言い争っている。  主にゼファードが絡み、ラムウィンドスが鬱陶しそうに跳ねのけているだけであったが。  止めるべきなのか、見守るべきなのかわからず口を出しかねていると、マリアが後ろからドレスの袖を引っ張った。 「姫さま、誰か来ます」  ゼファードとラムウィンドスは同時に口をつぐんだ。そして、回廊の向こうを見やる。  軍服に身を包んだ数人の青年将校が、角を曲がってきたところであった。
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