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激突
「話し合いたいのだが、よろしいか」
前触れもなく部屋を訪れたアルザイに対して、ライアは大いに顔をひきつらせた。
前日の一件もさることながら、明けて丸一日放っておかれたので、一応の小康状態にあったのである。そのままでは終わらないと知りつつも、顔を見れば動揺はする。
本来遠慮する立場でもないだろうに、アルザイは戸口に立ったまま部屋に足を踏み入れない。それでも、大柄で存在感があるせいか、そこに立っているだけで恐ろしく圧迫感がある。表情は凪いでいて、何を考えているのかはよくわからない。
「お忙しいところわざわざご足労頂き、ありがとうございます。呼んでくださればこちらから参りますのに」
かなり距離を置いて、はりつけたような笑顔で対応するライアに、アルザイは腰に手をあて、かすかに息を吐いた。
同じ部屋の中にアーネストもいるが、アルザイが訪れたときに、ライアが制したのでひとまず沈黙を保っている。
「昨日の今日だ。警戒するだろう。そういう口上は不要だ。確かに俺は忙しい。それほど長居をするつもりもない」
アルザイはそう言ってアーネストに目を止めてから、ライアに視線を戻した。
「女官たちを下がらせているらしいな。不便はないのか」
「一人旅をしていましたから。自分のことくらい自分でできますの」
上から押し付けるような物言いのアルザイに対して、ライアは湧きあがる対抗心から笑顔で言い返す。
アルザイはきわめて何気ない調子で言った。
「一人旅?」
「何か?」
「いや……。男の従者に身の回りの世話はさすがに任せないか、と。一人旅のようなものか」
腕を組んで、戸口にもたれかかる。彫りの深い顔だちのせいか、横顔を彩る陰影も男っぽさを際立たせている。その顔の下に、獰猛な一面があると知っているせいか、ライアは落ち着かない。笑顔を保っていたが、内心めまぐるしく考えを巡らせていた。
(今、何か、探りを入れられている)
「ときにライア王女は、月のゼファード王とは懇意にしているのか」
追い詰められたライアのはったりを、アルザイなりに気にしたのだろう。
口から出てしまった嘘。
「だったら、何だというのですか」
「何というか。ゼファードらしくない。イルハンは先の戦争のときに、ずいぶんアスランディアの民を受け入れている。国内もまだ完全に収まっていないはずだ。この上、イクストゥーラからの流民を受け入れるのが得策とは思えない。懇意にするなら、もっと別のオアシス都市を選ぶはずだと思ってな。とはいえ……イルハンが力をつけすぎている現状を鑑みて、月滅亡の際に道連れにして国力も削ぐつもりかもしれないが。さすがにそれは、えぐい。ゼファードらしくない」
ライアとは何らかの前提を共有しているものとして話しているようだが、間違いなく理解できたのは、アルザイが気にしているのが「ゼファードらしくない」の一点ということだ。
「月の王とは……、ずいぶん信頼関係があるようですね」
「まあな」
「……ちょっと待てオッサン」
アーネストが冷ややかな呼びかけとともに歩を進め、アルザイは面倒くさそうに目を閉ざして肩をそびやかした。
「お前に発言を許した覚えはねーぞ」
「私は許可するわよ、アーネスト」
「ゼファード様のこと信頼しているなら、なんで戦争を」
すかさずライアが言い添える。
アーネストは、話しながらライアより一歩進んだ地点で足を止めた。
「おい鬼畜。三年も経ったのに血の気の多さは相変わらずだな」
アルザイのまとう空気が、変わる。
細めた目に剣呑な光が宿り、凶悪な笑みが浮かんだ。
「オッサンの息の根止めたら、戦争は止められるんかな」
「そのクソ単純な頭はどうかと思うんだが。俺は嫌いじゃねーぞ」
「そら、オッサンの片思いやなぁ。オレは大っ嫌いなんで、そのへんよろしくな」
二人とも剣の柄に手をかけながら、友好的とは程遠い笑みを交わしている。
(この二人、相性最悪)
口を挟まずに見ていたライアは、心の底から納得した。
「一応聞いておく。ゼファードから俺の暗殺命令が下ってるのか」
「アホなこと言うなや」
「そうだな」
それが最終問答だったらしい。
二人同時に動いて、鋭い金属音が鳴った。
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