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息を飲んだライアの視線の先で、アルザイが物陰から向かってきた男の剣を受けて流して、返す勢いで切り捨てた。
血飛沫が上がる。鮮血が派手な水の音を撒き散らす。
「あっ……」
身動きも取れないライアの首に、何者かが背後から腕を巻き付けてくる。
殺される。
瞬間的に覚悟したが、振り返りざまのアーネストが一切の躊躇のない神速で、ライアを拘束しようとした男に剣を叩き込んだ。
ふっと首元の腕から力が抜けるが、重みが加わってライアは引きずられて倒れそうになる。そのライアの腕をアルザイの手が強く掴んで支えた。
目はライアを見ていない。
追いかけていたのは、剣を振るうアーネストの姿。
一人で二人を相手どっているが、危なげなくかわして順に切り捨てる。まるで決められた動きをなぞって舞っているかのような、鮮やかさ。
「これは……」
「俺への暗殺命令が下っていたのは、イルハンらしいな。姫君が遠巻きにつれてきて、昨日王宮で確保させてもらった『護衛』だ。さて……どうするかな」
瞬く間にアルザイとアーネストによって屠られた侵入者を見て、ライアは絶句する。
倒れ伏した者たちの顔に、ライアは確かに見覚えがあった。
「……変やなとは思ってた。なんでオレを王女につけてんのかなって。こいつら、オッサンを殺すか、王宮で王女を殺すかだったんかな。王女を殺されれば、イルハンはマズバルに戦争仕掛けるきっかけができる」
わずかに返り血を受けたアーネストがさめた声で言う。
「さて。どちらにせよ、面倒事を起こそうとしていたのは確かだな。それにしてもお前、さすがに良い働きをする」
「オッサンのことは知らん。王女に剣を向けたから、護衛した」
アーネストはいまだ剣を収めていない。アルザイの動き次第で、戦いを続行しそうな気配すらある。その好戦的な様子に、アルザイは声を立てて笑った。
「この月の男と月の王ゼファードに免じて、この件あなたに関しては不問とする。あなたを処刑しようとすればこの男がゴタゴタ起こしそうで、面倒だ。但し、俺はやられたままではいられない。いずれイルハンとは揉めるだろう。マズバルに留まるも、帰るも自由だ。止めはしない」
意外なほど、優しい声だった。
辺りには濃い血臭が漂っている。
ライアは息苦しさを覚えたが、なんとか唾を飲み込んだ。
「私はこんな馬鹿げた企みに気付かず、陛下の元まで暗殺者を引き連れてきてしまったわけね……。帰っても、私の命は無いでしょう」
「俺もそう思う。帰りつけないだろう。そしてイルハンは王女の死に関して難癖をつけてくるはずだ。とはいえ、ここに留まればイルハン攻略に関して、俺の軍に加わることになる。覚悟はしておくように」
「……わかりました」
顔も上げられず、なんとか答えたライアの横に、アーネストが立った。触れそうなほど近く、ほのかなぬくもりを感じた。
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