78人が本棚に入れています
本棚に追加
セリスの身体の脇に手をついたまま、アルスは右手でセリスの銀の髪を指で梳く。セリスは目を逸らさずにアルスの顔をまっすぐに見上げていた。
「怖がらないですね」
アルスが微笑んで、少し呆れた口調で言う。
「喜ばせたくない」
少女にしては硬質で、少年にしては甘い声でセリスが答える。
見た目もまた、その声を裏切らない。少女のように可憐な目鼻立ちをしているが、少年のように涼しいまなざしをしている。何度見ても、少女にも少年にも見える。うつくしくて、不安定。
「あなたのその態度は、単に気が強いだけでは説明がつかなさそうですね。あなたには穴が開いている……あなたの、ここにね」
言いながら、アルスはセリスの胸の中心に軽く手を置いた。
その瞬間、セリスがひゅっと微かに息を飲んだ。
ごく小さな反応だったが、アルスにはそれで十分。見逃さなかった。
掌に力を加えて、胸をぐっと圧迫する。苦しさにセリスが顔を歪める。身体の緊張が伝わってくる。
「ああ、なるほど。触れられるのが怖くないわけじゃないんですね。少し、安心しました」
アルスはゆっくりとセリスの服の上から鎖骨をなぞり、その固さを指先に感じる。そして再び胸の中心に指で触れる。薄い肉付き。力を加えたら、砕けてしまいそうな骨の脆さが伝わってきた。鍛えてもそういう体質の者もいるが、セリスのそれは違う。
「男の振りはさほどうまくないと思っていましたが」
アルスの囁きにより、セリスの目の奥に、はっきりと恐怖らしい恐怖がよぎった。
その事実に、アルスは満足した。優しく髪を梳き、額に軽い口づけを落とす。
「ようやく、理解したようですね。自分に何が起こるか」
絶望に染まった顔を見ようとアルスが顔を上げたそのとき、セリスが拳を振り上げた。アルスは片手で危なげなくそれを受ける。
「もう動けるんですか。意志が強い」
くすくすと笑いながら、受け止めた手を広げて、指に指を絡めて寝台に押し付けた。そのまま、首筋に噛みつくように唇を寄せて──
「……少し遅い」
ひそやかに呟いて、身を翻して寝台を下りた。長い髪を指で梳いて耳にかける。
乏しい光の中、視線を流す。手は床に置いてあった剣を掴んだ。それはおそらく始めからそこにあったのだろう。必ず来る何者かに備えて。
気配。布で仕切られた戸口の向こうに誰かがいる。
セリスが気付いたそのとき、アルスが口を開いた。
「外は」
「ひどいことになっている。よくもあれほどのゴロツキを、ここまでひきつけてきたものだ」
そっけないまでの、簡潔な返答。
アルスは聞こえよがしな溜息をついて、言った。
「それでどうして、一人で来たのかなこの自信家は。頭に血が上りすぎでは? 正規軍を動かす権限があるんだろ?」
「アルスがいれば十分だ。お前も最終的には殺す」
「大きく出たな、ラムウィンドス」
最初のコメントを投稿しよう!