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再会のくちづけ
長いこと二人は口を利かなかった。
ラムウィンドスはセリスを見ないまま立ち尽くしているし、背中を向けられたままなのでセリスも声がかけづらい。
それでも、いつまでも膠着状態ではいられないと、意を決してセリスは立ち上がろうとした。
腰から下が思うようにならず、寝台から滑り落ちる。
その音にラムウィンドスが振り返り、跪いて手を差し伸べてきた。
「ありがとう……」
顔が近くて、セリスは手に手をのせつつも、まともに目を合わせられずに俯いてしまう。そのとき、ラムウィンドスが遠慮がちに言った。
「姫、どこか痛いところが……?」
「違います、薬です。アルス様に一服盛られました。それで身体が痺れていて、うまく動かないんです」
それ以上のことは何もなかったと、誤解されないためにセリスは一生懸命に言い募る。
はずみで顔を上げてしまい、まともに目が合った。
ラムウィンドスのまなざしは、仄暗い。
(絶対、悪い想像をしている……。何もなかったのに)
「立てますか」
「実はまだ」
短い問いに答えると、ラムウィンドスは葛藤に耐えるように目を伏せた。
「姫の身体に触れることを、お許しください」
セリスの膝裏に手を差し入れると、もう片手で背を支えてきた。あっという間に胸元に引き寄せて抱え上げられる。
視線は絶対に合わせないようにしているようだった。セリスが見上げても、まっすぐ前を見ている。
「ラムウィンドス、わたしの目は見ることができませんか……?」
「正直、今は無理です」
恐る恐る尋ねたら、明確に拒絶された。
予想できていたので、セリスはその返答に構わずにラムウィンドスの頬に手を触れた。耳たぶまで指を伸ばして摘まんで引っ張った。
「姫……、何を」
ラムウィンドスは鬱陶しそうに首を振るが、両手はセリスを抱いたままなので、抵抗としては弱い。構わずに、セリスは手を首の後ろに回して、力が入らないなりにしがみついた。
「怒っていますか」
「怒るというか。頭の整理がついていません」
「わたしが突然来たから?」
「それは、たしかに。こんな形でまたお会いするとは思っていませんでした」
セリスは空いているもう一方の手を、ラムウィンドスの頬に伸ばす。
「自分は三年前突然消えたくせに。少しは思い知ればいいです」
根負けしたように、ラムウィンドスが下を向き、セリスの顔をのぞきこんできた。表情らしい表情は無い。その頑迷さ。セリスは無性に苛立ち、手を顎に添えた。
「もっとわたしをよく見てください。本物ですよ。本当に本当に、来たんです」
眉一つ動かさず、ラムウィンドスは低い声で答えた。
「それはよくわかります。俺の記憶の中の姫より、現実の姫は可憐過ぎる。あまり見ていると口づけしてしまいそうなので、手を放してください」
「すればいいと思うんですけど」
苛立ちのままにセリスが言うと、ラムウィンドスはぐっと眉を寄せて険しい表情をした。一瞬だけ視線が絡み、セリスを抱く腕に力を込められて、唇に唇が重ねられた。
「……っ、ラム……ちょっ」
噛みつくような苦しい口づけの合間に、セリスが絶え絶えに言葉をこぼすと、少しだけ唇を離したラムウィンドスが低い声で言う。
「煽らないように」
瞳は暗いまま、ただその奥底に得体の知れない熱を湛えている。その熱に触れたらまずいとセリスは悟って、濡れた唇を手の甲で軽くぬぐいつつ、早口に言った。
「そういう、僕のせいみたいな言い方、どうなんですか。アルス様といい、煽る煽るって……」
「アルス……、あの人は姫に何を……」
「言えばいいの!? 何をされたか、詳細を!? ラムウィンドスはそれを聞いてどうするつもり?」
セリスが声を張り上げると、ラムウィンドスは口を閉ざした。見事なまでの無表情だったが、その下に恐ろしくいろんな思いが渦巻いているのは感じられた。
やがて、瞑目する。
寄せられた眉に苦悩がうかがえて、セリスは言いすぎたことを素直に謝罪した。
「ごめんなさい。わたしを助けに、来てくれたんですよね。ありがとうございます。アーネストに聞きましたか」
「はい。二人で話す機会があったので、締め上げました。そこからあなたの行方を追っていたんですが、遅くなって申し訳ありません。アルスの庇護下にいたのは幸か不幸か……」
ラムウィンドスは、長く息を吐く。
ようやく、表情を少しだけ和らげて、セリスの目を見た。
「まずは王宮にお連れします。少し話をしましょう」
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