再会のくちづけ

1/1
前へ
/265ページ
次へ

再会のくちづけ

 長いこと二人は口を利かなかった。  ラムウィンドスはセリスを見ないまま立ち尽くしているし、背中を向けられたままなのでセリスも声がかけづらい。  それでも、いつまでも膠着状態ではいられないと、意を決してセリスは立ち上がろうとした。  腰から下が思うようにならず、寝台から滑り落ちる。  その音にラムウィンドスが振り返り、跪いて手を差し伸べてきた。 「ありがとう……」  顔が近くて、セリスは手に手をのせつつも、まともに目を合わせられずに俯いてしまう。そのとき、ラムウィンドスが遠慮がちに言った。 「姫、どこか痛いところが……?」 「違います、薬です。アルス様に一服盛られました。それで身体が痺れていて、うまく動かないんです」  それ以上のことは何もなかったと、誤解されないためにセリスは一生懸命に言い募る。  はずみで顔を上げてしまい、まともに目が合った。  ラムウィンドスのまなざしは、仄暗い。 (絶対、悪い想像をしている……。何もなかったのに) 「立てますか」 「実はまだ」  短い問いに答えると、ラムウィンドスは葛藤に耐えるように目を伏せた。 「姫の身体に触れることを、お許しください」  セリスの膝裏に手を差し入れると、もう片手で背を支えてきた。あっという間に胸元に引き寄せて抱え上げられる。  視線は絶対に合わせないようにしているようだった。セリスが見上げても、まっすぐ前を見ている。 「ラムウィンドス、わたしの目は見ることができませんか……?」 「正直、今は無理です」  恐る恐る尋ねたら、明確に拒絶された。  予想できていたので、セリスはその返答に構わずにラムウィンドスの頬に手を触れた。耳たぶまで指を伸ばして摘まんで引っ張った。 「姫……、何を」  ラムウィンドスは鬱陶しそうに首を振るが、両手はセリスを抱いたままなので、抵抗としては弱い。構わずに、セリスは手を首の後ろに回して、力が入らないなりにしがみついた。 「怒っていますか」 「怒るというか。頭の整理がついていません」 「わたしが突然来たから?」 「それは、たしかに。こんな形でまたお会いするとは思っていませんでした」  セリスは空いているもう一方の手を、ラムウィンドスの頬に伸ばす。 「自分は三年前突然消えたくせに。少しは思い知ればいいです」  根負けしたように、ラムウィンドスが下を向き、セリスの顔をのぞきこんできた。表情らしい表情は無い。その頑迷さ。セリスは無性に苛立ち、手を顎に添えた。 「もっとわたしをよく見てください。本物ですよ。本当に本当に、来たんです」  眉一つ動かさず、ラムウィンドスは低い声で答えた。 「それはよくわかります。俺の記憶の中の姫より、現実の姫は可憐過ぎる。あまり見ていると口づけしてしまいそうなので、手を放してください」 「すればいいと思うんですけど」  苛立ちのままにセリスが言うと、ラムウィンドスはぐっと眉を寄せて険しい表情をした。一瞬だけ視線が絡み、セリスを抱く腕に力を込められて、唇に唇が重ねられた。 「……っ、ラム……ちょっ」  噛みつくような苦しい口づけの合間に、セリスが絶え絶えに言葉をこぼすと、少しだけ唇を離したラムウィンドスが低い声で言う。 「煽らないように」  瞳は暗いまま、ただその奥底に得体の知れない熱を湛えている。その熱に触れたらまずいとセリスは悟って、濡れた唇を手の甲で軽くぬぐいつつ、早口に言った。  「そういう、僕のせいみたいな言い方、どうなんですか。アルス様といい、煽る煽るって……」 「アルス……、あの人は姫に何を……」 「言えばいいの!? 何をされたか、詳細を!? ラムウィンドスはそれを聞いてどうするつもり?」  セリスが声を張り上げると、ラムウィンドスは口を閉ざした。見事なまでの無表情だったが、その下に恐ろしくいろんな思いが渦巻いているのは感じられた。  やがて、瞑目する。  寄せられた眉に苦悩がうかがえて、セリスは言いすぎたことを素直に謝罪した。 「ごめんなさい。わたしを助けに、来てくれたんですよね。ありがとうございます。アーネストに聞きましたか」 「はい。二人で話す機会があったので、締め上げました。そこからあなたの行方を追っていたんですが、遅くなって申し訳ありません。アルスの庇護下にいたのは幸か不幸か……」  ラムウィンドスは、長く息を吐く。  ようやく、表情を少しだけ和らげて、セリスの目を見た。 「まずは王宮にお連れします。少し話をしましょう」
/265ページ

最初のコメントを投稿しよう!

78人が本棚に入れています
本棚に追加