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砂漠を抱く星の民
砂漠を見晴るかせる高い塔があると、ラムウィンドスに誘われて、夕刻二人で連れ立って塔に上った。
塔の小窓から、遠く砂の大地が朱色に染まっていくのを見ていると、ラムウィンドスが背後からゆったりとセリスを抱きしめる。
「仕事がありますが、毎日時間を作るようにします。旅の間のことを、少しずつでもお話し頂けますか」
吐息が耳をくすぐるほどの距離で言われて、セリスは前を見たまま、身体にまわされたラムウィンドスの腕に手をかけた。
「ラムウィンドスは、一体何者なんですか? 太陽王家の」
(イシス様のご子息で、わたしの兄なのでしょうか)
言いたかった言葉を飲み込んで尋ねると、「何者……」とラムウィンドスが呟いた。
「先のアスランディア王には子どもがいなくて」
「ええっ!?」
セリスが声を上げて振り返ると、ラムウィンドスは軽く目をしばたいて「何か?」と言った。
「いえ、その、驚いてすみません。続けてください……」
「はい。俺は王弟の子なのですが、他の王族が全滅したので、太陽王家の唯一の生き残り、ということになります。その後、姫もご存知のように月で暮らすことになりましたが、周囲の思惑もあって、早いうちから軍部で役職を得ていました。そして今はここにいます」
「……わたしはもしかしたら、わたしと血のつながった兄なのかと……。あなたは太陽王の直系なのかと思っていたので」
「少なくとも、姫と血のつながったご兄弟はゼファードだけだと思います」
足元が崩れそうな錯覚。
全身の力が抜けたところで、抱きしめるラムウィンドスの腕に力が込められた。
「すっかり、見違えましたよ。髪もこんなに短く切ってしまって」
言いながら、ラムウィンドスが髪に唇を寄せた。
声が頭から身体に直に響く。
「旅をするなら男装の方がまだマシ、とゼファード兄様に言われまして」
「ゼファード……。美少女も危ないけど美少年の方が危ないことも……ああいえ、なんでもないです。それで、俺が何者かという話は、このへんで大丈夫ですか」
「はい。好きをやめる理由が概ねなくなりました」
安堵からセリスがそう言うと、しん、と沈黙が訪れた。
どうしたのだろうと振り返って見ると、ラムウィンドスに思いっきり顔を逸らされた。
「どう……しました?」
「不意打ちすぎて。今、顔を見ないでください」
どうせなら見てみようと思ったのに、ラムウィンドスはセリスの後頭部に顔を埋めてしまい、腕にも力を込めて来たので手足もまったく自由がきかなくなってしまった。諦めて、セリスは再び窓の外に目を向ける。
「ラムウィンドスが何者かわかったとして……。わたしは予言の姫ではないようです」
「それは、アルザイ様が?」
「はい」
セリスが頷くと、ラムウィンドスは小さく息を吐いて言った。
「アルザイ様が、あの年齢にも関わらず、今まで結婚もなさらず、後継者を擁しないのは少しおかしいと思いませんか」
「……そういうものでしょうか」
「はい。それというのも、あの方もまた生まれたときに予言を受けていて……。『長くは生きられない』と。それゆえに、予言が大嫌いなんです。この世のすべての予言を嫌っています。姫に予言について何か言ったのであれば、おそらく予言に縛られるな、と言いたかったのだと思います」
長くは生きられない、という予言は、あの生命力にあふれたアルザイにはどうも結びつかない言葉だった。
「アルザイ様は死なないのでは?」
「今のところは。ただ、予言を嫌いながら、予言に縛られていて……。だから成長を見届けられない子どもよりも、信頼できる大人に一度この国を任せたいと。それには、太陽にも月にも砂漠にも縁のある人物が良いとお考えのようです」
太陽にも月にも砂漠にも……。
つい先程、そういう人物の話を、した。太陽に生まれ落ち、月で育った青年。
(アルザイ様は、ラムウィンドスに砂漠を託すおつもりだと?)
陽が落ちていく。
夜空で淡く光を放つ月は、新月を過ぎて日が浅く、まだ細い。
「砂漠の夜は、星が綺麗でした」
セリスが呟くと、ラムウィンドスもまたセリスの肩に手を置いて窓からはるか砂漠の地を見た。
「空も綺麗ですが、地下水路を整備すると、この大地にも緑がうつくしく広がっていくでしょう。いずれもっと多くの人が住めるようになり、豊かな時代になります。姫も勉強しませんか。できればそちらの仕事は姫に回したい」
甘やかさの欠片もない、実直な物言いに、セリスが振り返る。
声とは裏腹に、ラムウィンドスは目元に笑みを滲ませていて、セリスの視線を受け止めると、そっとセリスの額に口づけを落とした。
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