生きるための嘘と本当

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 いかなる話し合いがあったというのか。  決意に満ちた瞳を前に、アーネストは了承することしかできなかった。  一方で、まったく納得していない様子のラムウィンドスが眉をしかめて言った。 「月の王家の容姿に関して、あなたに言ったのはどなたです」 「アルス様です。そういえば、アルザイ様もラムウィンドスも、アルス様とお知り合いなんですよね」  ラムウィンドスが思いっきり顔を逸らした。セリスが鋭いまなざしを向けた。 「言いたく無さそうですけど、隠してどうにかなると思ってるんですか」 「言う必要はありません。あの人は本来、表に出ない人間なんです。姫がふらふらとおひとりで市場を歩いたりなどなさるから」 「『姫』は、禁止って言いましたよね。厳命が下ってるのに、なにいきなりライア王女の前で言ってるんですか? これでライア王女が誰かにそれを言ってしまったら、王女の首が飛びますよ? いいんですかそれで」  落ち着いた口調であったが、言葉は威勢が良い。  三年前二人の間にあった空気とは、明らかに違う。 「私の首が飛ぶ話になってる……」 「聞かなかったことにしとき」  ライアが小さく呟き、アーネストが小声で応じた。 「それが賢明なのでしょうね。あの子の来歴というか、私なりに何度かその可能性は考えたけど……」  とんとん、とライアの肩に控えめに指先で触れて注意を引いてから、アーネストが自分の唇の前に指をたててそれ以上の言葉を制した。困ったような、どこか優し気な目を向けられて、ライアは口をつぐむ。 (セリスは姫、か。あの容姿ということは「月の姫」……)  少年のような、少女のような絶妙な均衡にある美貌。  月の姫であるのならば、月の軍人である青年が守ろうとするにはいかにも納得の。  守りながら、二人でずっと旅をしてきたのか、とライアは改めて思った。宿がなければ当然野宿もあっただろう。身の回りのことも、こまごまと世話を焼いているように見えた。友人ではないと思っていたが、一線を越えた恋人でもなく。アーネストはどんな思いを抱えて彼、いや「彼女」と月の国から歩んできたのか。 「とにかく。姫、いえ、マリク様はもう少しご自分の身の安全のことを考えて過ごしてください。多少自由は制限しますが、それもあなたを思えばこそです」  ラムウィンドスの押し付けるような物言いに対し、明らかにセリスは目を怒らせた。 「嫌です」 「そういうわがままは聞けません。俺も時間を作ってなるべくお側にいるようにします。ですから」 「それが嫌だって言ってるんです。別に僕はラムウィンドスに側にいて欲しいなんて言ってません。自由を制限するだなんて、なんの権限があって言ってるんですか」  セリスにきつい視線を向けられて、ひるんだのはラムウィンドスである。  アーネストは何も言わなかったが、ライアはその裾を軽く摘まんで引き寄せて「意外じゃない?」と小声で囁く。アーネストは無言のまま頷いた。 「俺は……今のあなたがよくわかりません。だから毎晩少しずつでも時間を作って話したいと考えています。旅の間のことを聞きたいと言ったのも、嘘ではありません」 「その件に関しては僕も考えました。その結果、無いと思いました」 「無い、とは」  ラムウィンドスの顔が強張っている。普段無表情に近い男だが、決して感情がないわけではないと知れる。戸惑いや焦燥が濃く滲んでいた。  セリスは深く呼吸してから、ラムウィンドスの目を見て言った。 「僕は確かに月の国からここまで来ました。その中には、もちろんあなたに会う目的もあった。でも、一番の目的はアルザイ様にお会いして、月と開戦する経緯をお伺いすることでした。今はその話ができたことで、自分なりに考えていることもあります。僕はここで僕にしかできないことをする。それなのに、あなたに優しくされたら、きっとダメになってしまう。何もかも投げ出してしまいそうな」 「姫」  不意に言葉をつまらせたセリスに、ラムウィンドスが呼びかける。  ライアは無言でアーネストの服をぎゅうっと掴んで引っ張ったが、反応はなかった。 「はっきり言わないと、伝わらないみたいだから。僕のことはもう放っておいて欲しいんです。ラムウィンドスと夜に時間を作って会うなんて、そんなことはできるはずがない。そんな風にうつつをぬかす暇があるなら勉強したいし、剣も磨きたい。他にやることがたくさんあるんです」  セリスは両手を開いて肩をそびやかす。ラムウィンドスを、睨みつけるが如き強さで見上げながら。  そこで、はーっとアーネストが大きなため息をつきながら歩き、セリスの背後に立ってふわりと腕をまわして抱き寄せた。 「!?」  ラムウィンドスとライアが同時に息を呑む。
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