生きるための嘘と本当

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 当のセリスはきょとんとした様子でぐいっと首を傾け、アーネストを見上げる。 「その辺にしとき。少し頭冷やした方がいいわ。あんまり派手にやりすぎると、お互い引っ込みがつかなくなるから」  ごく穏やかな声だった。セリスは目をきょとんとさせて「ダメですか?」と聞き、アーネストは「あかん」と答える。 「アーネスト、お前、手……」  ラムウィンドスが指摘すると、アーネストはまるで指摘されて初めて気づいたかのように自分の腕を見下ろした。そして、顔を上げるとにこり、と笑った。 「男と女の二人旅やで。なーんも無いと思った?」  耳元で、青い宝石の耳飾りが光を弾いた。 (あー、ふかしてるふかしてる。頭冷やせって自分で言っておいて、あの太陽相手に喧嘩売りにいったわあの男……)  アーネストの「情けなーい姿」を目撃しているライアとしては笑止千万の張ったりであったが、気の毒なくらいにラムウィンドスには効果があったようだった。顔から血の気が引いている。 「あの、アーネスト。マリクは男性名です。このまま男性で通しますので、不用意な発言はやめてください。男とか女とか。あなたと僕は男と男」  一方のセリスは、ライアからすると「気にするところはそこなのか」という、ある意味予想通りの反応をしていた。アーネストに距離を詰められたり触れられることに、見るからに抵抗がなさすぎる。  旅の間に、「男同士」という関係につけこんだアーネストが、そのくらいの接近は許容範囲という誤った習慣をセリスに植え付けたのではとライアは睨んでいる。  とはいえ、三年の空白のある「太陽の遺児」の知るところではないだろう。何かあると危ぶみたくなるほどに、セリスとアーネストの仲は密だ。  誰の目にも明らかな、三角関係。  どう収拾をつける気なのかと、他人事ながら胸を痛めていたライアであったが。 「ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃーうるせえな。なんでオレだけ仕事してんだよクソが。ラムウィンドス、お前は一回戻れ。仕事を放り投げていいと言った覚えはねえ」  呆れ切った様子のアルザイが割って入ってきた。  黒鷲の呼び名にちなんでか、全身黒っぽい服装に身を包んでいる。細かな刺繍が縫い込まれたいかにも上等と知れる布地や帯に、品よく着崩した襟元まで様になって、野性味溢れる男の色香を放っていた。長身のラムウィンドスと並んでも、恵まれた体格をしているのが一目でわかる偉丈夫ぶり。 「少し聞いていたが、そこの鬼畜美形が正しい。頭を冷やせ。マリク、俺はお前にも言ってる」 「はい」  アルザイの声は、地声が大きいせいかよく響く。人を従わせる者の声だった。 「……またあとで改めて」  ラムウィンドスは、セリス相手に念押しをした。 (めげない男……。セリスにふられているのに気づいてないのかな……)  これはどうみても、脈なしでふられていると思うのだけど、とライアは首を傾げそうになる。  そのまま立ち去るかに見えたラムウィンドスだったが、二、三歩進んで立ち止まった。 「そうだ。姫……いえ、マリク。剣の方はどうです。あなたの三年を知りたい。ぜひお手合わせを」  それは、かつて何も知らない姫に何故か剣から叩き込もうとした月の剣士のままの、本当に素の表情であった。  アーネストもアルザイも(言うと思った)程度に聞き流していたのであるが。 「嫌です」  セリスは即答だった。即答しすぎたと思ったのか、すぐに付け足した。 「絶対敵わないのがわかっているのに、あなたと手合わせなどしません」  そのときのラムウィンドスの反応はまさに悪気がなく、彼を知る者にはやはり、まったくもって通常通りの「素」なのだとわかる態度を示した。 「あなたは、敵わないから戦いもしないというひとでしたか。しかし、自分より強い相手と剣を交えることで得るものは確実に」  滔々と淀みなく話すラムウィンドスを前に、セリスはアーネストの腕を振り切り、アルザイの横をすり抜けて歩み寄った。 「あなたこそ、よくも自分より弱い相手にふっかけようだなんて思いますね。僕が思い通りにならないのがそんなに気に入らないんですか。それで、剣でわかりやすく屈服させようというのですか。そういうのって」 (これ以上言わせたら、本気の仲違いになっちゃう。誰か止めて)  ライアの願いはもちろん届かない。  セリスはさらにラムウィンドスに間近に詰め寄って、すうっと息を吸う。  毅然として言い放った。   「野蛮人」  アルザイが大きな掌で、目元を覆った。
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