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「エスファンド。あなたが細かいことを気にしない人なのはもうどうにもできないが、それは王からの預りものだろう」
すっかり陽が落ち、星明りに照らされた中庭に、灯を手にした背の高い男が音もなく現れた。
「そうだったな。なかなか筋が良い。集中力がまったく切れないんだ。おかげで私も少し話し過ぎたかもしれない。とても有意義な時間だった」
疲労なのか酔いなのか、完全に沈没しているセリスをさておき、ひとりで酒を飲み続けるエスファンド。男は灯りを置くと、代わりにセリスを抱き上げる。
「酒は飲みなれていないはずだ。今度からは気を付けてくれ。あと、明日は酒の影響が出るかもしれない。朝は遅めに」
実直で生真面目な調子ながら極めつけのお節介を述べる男に、エスファンドはひらっと手を振る。
「特別扱いはしないんだ。寝坊したらひっぱたいてやる」
さらりとした口調で、灯を拾い上げると立ち上がった。
「アルザイ様が、この少年に世界を見せろと言った。時間が足りない。心配せずとも飲んだ量はさほどではない。よほど弱くなければ……。気になるなら朝起こしてやればいい」
む、とした男の顔を灯で照らし出し、エスファンドは心底不思議そうに小首を傾げた。
「私は何かおかしなことを言ったか? 小姓の一人くらいはついているのだろう、その少年。べつにあなたが起こすべきと言ったつもりはない。では」
いかなる反論も寄せ付けぬであろう、立ち去るその背中を見て、男は小さく溜息をつく。
腕の中で、セリスが小さく声を漏らし、身をよじった。その動きに一瞬緊張したが、起きたわけではないらしい。
星明りに浮かぶ穏やかな寝顔をやや長いこと見下ろして、抱きしめる腕に力を込める。
そのまま、慎重な足取りで夜の庭を横切り、王宮の廊下を歩き出した。
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