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「昨日は私が話した。今日は君の考えを聞こう。君は何を考えた?」
廊下ですれ違った人にエスファンドの居場所を聞き出し、たどりついたのは王宮内の図書室であった。
エスファンドは、並ぶ書架の中央に置かれた長机の端に座り、瞑目していた。セリスの気配を感じたのか目を開けると、挨拶もなく切り出してきた。
「僕はずっと、人間というのは同じものだと思っていたんですけど、違うのだと知りました」
セリスもまた、余計な言葉を挟みたくないとばかりに率直に言った。
「つまり?」
エスファンドは自分の隣を手で示した。座れということと理解して、マリクは素直に腰を下ろす。
「たとえば、医学を身につければ地の果てまで出向いたときに、言葉が通じない相手に対しても怪我の手当てをし、病気を診ることが出来るのだと考えていました。実際に僕たちは西の『古き哲学者の国』から来た医学書を参考にし、役立てています。これは人間に個体差はあれど、体の作りに概ね大きな違いはないという知見があったからこそだと思います」
「なるほど。それから?」
「はい。もっと単純に言えば、剣。武力。言葉などいらない。相手を知る必要もない。ぶつかりあったときに、強い方が勝つ。だから人はまったく知らない相手とも戦える。戦争ができる。これは、本質的に人間というものが同じだからできることだと思っていました。ですが、昨日のお話を聞いていて、人間というのは『違う』のだと考えました」
「どのように?」
エスファンドの声は楽の音のように容易く心に染み込んでくる。促されてセリスは続けた。
「先生が仰ったように、身体の仕組みひとつとっても、人間は生まれ育った場所の影響を受けているはず。土地により水、土、食べ物が違い、生活様式が違う。体格や体質に違いが出てきて、流行る病気すら違う。もしかしたら気質も違うのかもしれない……。そうすると、ある地域では有用で間違いのないことが、他の地域では的外れで役に立たないということも出てくるんですよね。つまり、僕たちは知識を得るときに、大まかに『人間は同じである』ことに依拠しつつも、常にもっと細かく見ていく必要があるのだと思いました」
恐ろしく彫りの深い、目鼻のきっぱりとしたエスファンドの横顔に向かって、セリスは拙いながらに自分の言葉で伝えようとする。人は同じであり、違うということ。当たり前のことかもしれないが、自分にとっては発見だったのだ。
エスファンドはちらりと視線を流してきて、じっと見つめてきた。そして頷いた。
「その通りだ。だが、残念ながらそれは長年おろそかにされてきたことでもある。君は『農書』を読んだことがあるか?」
各地の水の違いから土壌にまで及んだ昨日の話の流れで、予期出来ていただけにセリスはその質問に咄嗟に答えることができた。
「『農業の知識と知恵』『農民の望ましい技法』……あたりでしょうか。一通り、内容は覚えていますが」
月の国で手にした書物だ。だが、当時はそれほどの重きを置いていなかったので、目を通したに過ぎない。そこまで深く知ろうとはしなかった。
セリスがとっさに名を挙げることができた書物はまさしく有名どころであり、エスファンドは題名を聞いて大きく頷いた。
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