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甘い薔薇
陽が落ちて、そろそろ灯りを点けようかという頃合いだった。
「おーし、お前ら。今日はそこまでだ。続きはまた明日。いや……、最近ろくに休んでねーって話だし、明日は全員休みだな」
戸口に立った男の声に、集まっていた者たちが色めき立つ。
一方で、長机の端につき、紙にペンを走らせていたエスファンドだけは、顔も上げぬままさらさらと書き続けていた。息を詰めて皆が見守る中でぴたりとペンを止め、書き終えた分を素早く目で追う。やがて、ふっと息を吐いた。
「なるほど。では解散としよう」
顔を上げ、黒衣の男をまっすぐに見てそう言う。
「素直だな」
「逆らえばここぞとばかりに無理難題がふってくるのは知っている。みすみす陛下を喜ばせても仕方ない」
その一言で、ようやく周囲の者が散らばった書物をまとめたり、ペンを片づけ始める。
戸口に腕をかけてその様を見ていた男は、積み上げた書物を持ち上げようとしている少年に目を向けた。そうっと重そうに持ち上げて歩き出そうとしたところで、ひょいっと横から手を出した黒髪の青年に書物の山のすべてを奪われていた。
「大丈夫です。僕が持ちます」
焦ったように言い募るのは、澄んだ声。
アルザイは目を細めて、少年の名を呼ぶ。
「マリク。話がある」
呼びかけに、マリク――セリスは慌てて振り返る。
「アルザイ様っ。はい、すぐに片づけます」
「そのまま隣の奴に任せておけ。その細腕に荷物を持たせて、落とされても」
セリスは隣に立つ青年を軽く睨みつけて、「リーエン」と呟いた。
その視線を受けて、さらさらの長い黒髪を襟足でひとつに束ねた細面の青年リーエンは、薄く笑みを浮かべた。
「アルザイ様を待たせるなんてとんでもない。後はやっておくから、早く行って」
「わかりました。どうもありがとうございます」
早口で言って軽く頭を下げてから、セリスは戸口に立つアルザイの元へと駆け寄る。
「お待たせしました」
やりとりを見守っていたアルザイは、目元をほころばせた。
「これから食事にする。付き合え」
「はい」
さっと身を翻して回廊の先を行くアルザイに、セリスは遅れぬように付き従い、足早に歩き出した。
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