◆プロローグ 勇者が紡ぐ物語

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◆プロローグ 勇者が紡ぐ物語

柔らかな日差しが差し込む部屋で一人の女性が、幼い少年に読み聞かせをしていた。 「むか~しむかし、とても悪い魔王が世界を滅ぼそうとしたことがありました。人々は助けを求めて神に祈りました。すると、神様は私たちに......」 「母上! ぼくしってるよ! ゆうしゃだよね!」 母親の読み聞かせを、目を輝かせた少年がいつものように遮った。 「ふふふ、そうよ。ルクスは本当に勇者様が好きなのね」 「うん! だって、すっごいつよくて、すっごいかっこいんだもん! ......ね~え、母上、つづき! よんでよ~」 少年は自分の言いたいことを言うと、読むのを止めた母親を急かすため、本を手のひらで軽くたたいた。 少年が遮らなければ話はとっくに進んでいたのだが。そんな、いつものやり取りに、母親はやれやれというように笑うと、先を続けるのだった。 「すると神様は私たちに、勇者様を遣わしてくれたのです。勇者様は......」 母親は今まで幾度(いくど)となく聞いた物語を、少年のために語った。 誰かが幼い頃の自分に語ってくれたように。 ♦・♦・♦・♦・♦・♦ この親子が読んでいる物語は、人々の間で何世代と語り継がれてきた、この世界で最も有名な勇者の冒険譚(ぼうけんたん)である。 神様から特別な力をもらった勇者は、世界中を恐怖に陥れた魔王を倒した。 人々は魔王がいなくなった平和な世界を喜び、神と勇者を(たた)えた。 最後はハッピーエンドで終る、皆が大好きな、希望の光に満ちた物語。 この物語で勇者に憧れた子どもは、いつか大人になり、きっと子どもに同じ物語を聞かせるのだろう。 ......本当にそれでいいのだろうか? この物語には、歴史の勝者によって隠された事実は、何一つ語られていない。 ただ耳障(みみざわ)りの良いだけの、この物語を信じ続けるうちは、人々は自らの過ちにも世界に迫る危険にも気がつくことはないだろう。 だが、誰かが正しい歴史を伝えることができれば、 自らの行いを見直し過去の過ちから学ぶことができれば、 世界を危険に晒し続ける負の連鎖を断ち切ることができるかもしれない。 知識は力そして、先人の歴史は知識の宝庫だ。 二度と“知らない”ことで失う命の無いように、 僕は事実を伝える歴史書の一つとして【等身大の勇者を描いた物語】をここに残そう。 最後に、僕達が事実にたどり着くまでに大地の上に流れた、無数の血と涙に心より追悼(ついとう)の意を捧げる。 そして、今まで僕らの歴史を紡いできた先人に敬意をこめて  これから歴史を紡いでいく子孫と、この本を開いてくれた貴方に愛をこめて この歴史書が、未来を生きる全ての人の為にならんことを祈る。 L.K ♦・♦・♦・♦・♦・♦ 泣いて、憎んで、愛を知る。 これは子ども向けの絵本(ハッピーエンドで終わる)では、語られることのなかった等身大の勇者の物語。
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