旅する家

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旅する家

「生活に必要な物は、スーツケースに詰め込んでありますので」そうタブレットに伝言を残し、俺の家が旅に出た。 そんな阿呆な話があるものかと怒鳴る社長が、生中継で俺の家が線路上を南下していく様を見るや否や、顎を外した。 「その件の問い合わせで、我が社のサーバーがダウンし、電話回線もパンク状態です」俺のマネージャーである栗原が、青い顔をしながら言葉を続ける。 「……北野、今すぐ栗原と共にお前の家を追え。警察やマスコミへの対応は私がする」社長が俺にハンディカメラを投げてよこす様に思わず苦虫かみした。 家が置いていったスーツケースを引きずり、栗原と共に事務所を出たのが約一時間前。途中まで鉄道で移動していたが、レンタカーでの移動に変えた栗原の判断は正しかった。 レンタカーのラジオから、都市部のあちらこちらから、家が、それも同じ年代の持ち家の家が新幹線や列車の線路上へと走行し、高速道路上も同じような状況だと告げている。 栗原の後ろの席から、その異常な光景を撮り続けていた俺は、今まさに俺達を追い抜いた家を指差す。 「あれ、俺達の社長じゃないか」見慣れた事務所の窓から、こちらに向かって何か叫んでいる男。 「追います」栗原の言葉に俺は同意を示した。   国民に、最低限の生活基盤として一人一軒の家を与える。 そう法律が改訂されて二十年。 俺は産まれたときから、寝起きできる場所と最低限の食料を受けられる家を持つ権利を持っている。 その家の大きさは京間で二畳ほど。 使用者の生活スタイルに合わせて移動させることができる。例えば学生なら通う学校の近くに。会社勤めの者はその会社の近くへと。 その法定施行と同時期に、地方でも都市部同様の教育や賃金が得られるように、企業の多くが都市部中央から離れた場所に拠点をおくことを定められた。 そして都市部は、エンタメ業界の拠点地となり、ネットではけして得られないモノを楽しむ場所となっている。 ちなみにホテル業界の多くは、定期的におこなわなければいけない家の点検や、リフォームの際の仮住まいとして、その役割を担っている。 ――それにしても、俺の家は、事務所は、どこに向かっているのだろう。 高速道路上に馴染みある県の県境を告げる看板に、俺はまさかと言いかけ、その言葉ごと飲み込む。 「北野くん、君の出身地、ここだったよね?」 栗原の問いに、俺は無言で頷く。 やけに喉が渇く。 原因はわかっている。途切れ途切れに繋がる画像上で、移動する俺の家を最後に見たと告げる場所は、高校進学を口実に出てきた故郷近くの踏切だ。 前方を移動する事務所が車線を変更し、高速道路から降りていく。 進むにつれてだんだん道幅が狭くなっていくその道筋は、俺の予測と重なっていく。 ハンディカメラを通し、俺の目に飛び込んでくる風景に、「国破れて山河あり」の一文が頭を過る。 雑草が生い茂り、枯れるがまま放置された田畑。大きな地震が来たら崩壊するであろう朽ちた昔からの家屋。使用頻度が下がり放置されたままの凸凹だらけの道路…… 前方の不揃いな高さの木々の隙間から、黒みがかった灰色の建物が見えてくる。 「栗原、この先に小学校がある。……いや、あったというべきか。その元小学校の先の十字路を左に曲がって、そのままゆっくり道なりに進め」 「北野くん?」 「俺の家も事務所も、向かっている場所は同じだ。そこに俺の実家がある」 国民に、最低限の生活基盤として一人一軒の家を与える。 貧困家庭の救済措置として始まったこの制度は、その対象者が十八歳になると同時に付与される。 だが世の中にはその歳になるまでに、最低限の生活基盤を必要とする者がいる。 理由は様々だが、俺の場合は高校進学だった。 ……いや、正しくは高校進学を口実に、都市部で生活するためだった。 そうして俺は、都市部の生活に慣れる頃に学校を退学させられた。故郷に戻れという親の言葉を無視し、夜の街で歳を誤魔化して働いているところを社長に拾われ…… 「……そうか。これから自分がどう生きたいのかきちんと決めろ。そういうことだな?」  僅かな街灯とレンタカーのライトが、実家の前に止まる俺の家と事務所を照らす。 レンタカーの時計が午前零時を告げ、俺は十八を迎え、同時に新年度が始まった。   
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