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クリスマスツリーの電飾をいくつも寄せたような光と甲高く激しい音の嵐に、少年は思わずハンドルから手を離した。 「拓也、どけっ」 隣に座る男が立ち上がり、酒と煙草の臭いが入り混じった口臭を撒き散らしながら、少年をそこから引き剥がした。 床に放り出された拓也は唇を噛みしめながら立ち上がり、先程まで男が座っていた場所へとよじ登り座る。空いた左手が自分の頭に振り下ろされないかと怯えながら。 だがその左手は、拓也の目の前の台に残る銀色の玉を掬い取るのに忙しく、目は無数の銀色の玉が出てくる様に釘づけだ。 店員が駆け寄り、空箱を足元に置く。耳がツンとする金属音と共に、その箱に銀色の玉が流れ込み、あっという間にいっぱいになる。不機嫌と怒鳴るところしか見たことがない彼の顔が喜びに満ちあふれるさまに、拓也は口を開けて見続けるほかなかった。 ――それから半時間後、拓也は紙袋いっぱいの菓子を持たされ、頼りない街灯が照らす歩道を、はしゃぐ男の後を追いかけた。 日本全体が暗い雰囲気だったと語る昭和の終わりのその夜の出来事は、父の喜んだ時の記憶となり、同時にギャンブルの験担ぎにとパチンコ屋に連れ回されるきっかけになったと、拓也は他人事のように語った。 「……なぁ、あんたの父はどんな人だった? 毎日顔色をうかがう人ではなかったに違いない」 ――雑談の中に彼らの治療方針へ至る道筋が見えることがある。昔語りをはじめたら寄り添うように聞くことに徹せよ―― 尊敬する上司の言葉を心の中で反芻させながら、若き心療師は彼に話の続きを促した。 幼いながらも拓也は気づいていたという。父の験担ぎは単なる気休めにすぎないということに。 拓也は父の機嫌がよくなるためには、どうしたらいいのか、自分に何ができるのか。考えに考え、それを実行に移した。 床に転がる玉を拾い集め、自販機の隙間に落ちた小銭を探した。両替機に残された紙幣を見つけたときは、帽子を被り直すふりをしてくすね取り父に渡し褒められた。 小学生にあがる頃からか。店員や巡回指導から拓也がパチンコ屋いることを注意されることが多くなり、次第にパチンコ屋に連れ出されることはなくなった。だが、 「カタカナを競馬で、数字を競艇のレース表や宝くじの当選番号で覚えさせる父。それが俺の唯一の肉親だった」 競馬に競艇に宝くじ。おそらく競輪も。その場所に行く交通費だけでもばかにならかったはずではなかったはずだと言葉を続けた。 「あんたの親は、ギャンブル必勝法だとか、必ず儲かるとか、金になる。そんな言葉に釣られる人ではないだろう」 拓也の給食費支払いはいつも遅れ、服や学用品はどこから手に入れたのかわからなかったが、誰かのお古なのは一目瞭然で、 「父がいるときは、その手の行き先ばかり見ていた。――逃げなかったのかだって? 逃げたこともある。だが、すぐに取っ捕まえられて酷く殴られた。それも衣服に隠れる部分を狙ってだ」 父がヤクザと関わるようになったのは、その頃だと。小学二年か三年だったか、夏休みに入ってすぐ。一人留守番をしていると拓也の遠い親戚だと名乗る男がやってきて、デパートに連れ出され、衣服に食事に欲しくてたまらなかった玩具を買い与えられた。 「後で知ったことなのなのだが、父は高額な保険をいくつもかけさせられ、危険な仕事へ就かされた」 遠い親戚だと名乗った男がやって来たその日を境に、父が家にいることが少なくなり、かわりにその男が拓也の面倒を見たという。 夏が終わり、秋が過ぎ、冬を越して、新学期が始まったその日、父の死を告げられた。 「死に目はもちろん、火葬場でも死に顔を見ることはできなかった。とても見せられない状態だったそうだ」 資料によれば死因は圧死。事件性はなく保険金が支払われたが、そのほとんどが彼の父の借金返済に徴収されていった。 身寄りのない拓也は、親戚の男――ヤクザの頭取の息子だったのだが――の養子となり、長年暮らしていたアパートを後にした。 「――なぁ、教えてくれ。俺はこれからどう生きていけばいいのだ? 俺にも普通の生活とやらを得ることができるのだろうか。そのためならば、俺はあんたに命を賭けてもいい」 ヤクザ同士の闘争の主犯として出頭してきた彼。 若頭の手駒へと、育てらあげられた彼。 若き心療師は憂鬱な気持ちを抱きながら、彼の現状に心を痛める。
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