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導かれし恋心
佐久間くんが教室に入ってきた。私は談笑しながら、こっそりそちらを見る。
「ねぇ、もしかして、佐久間くんが気になるの?」
「ど、ど、ど」どうしてわかったの?
クラスにいた人達の視線が一斉に集まるのを感じ、慌てて声をひそめる。
「だってさ佐久間くん、昔からけっこうモテたからさ」
ああ、ナナは佐久間くんと中学校同じだったんだっけ。佐久間くんが横を通り過ぎる間、背中まで伸ばした髪の毛を指に巻き付け、枝毛を探すふりをする。
「そうだ。あなただけに教えてあげるけれど、佐久間くんはね……」
手始めに、佐久間くんが好みだと教えてもらった芸能人の髪型を真似ることにした。
「えっ? こんなに伸ばしていたのに?」
馴染みの定員さんが驚くのも無理はない。ずっと背中で切りそろえてもらっていた髪を、一気にショートボムにするのだから。
「イメチェンしてみようかなっ……て」
「大胆なイメチェンね。でも、この方の顔全体のラインとあなたの顔のラインぜんぜん違うから、同じような仕上がりにならないわよ?」
「では、その髪型になるべく寄せて切ってください」
月曜日、ショートボムにした私の姿を見て、佐久間くんは目を丸くし驚いていた。
やった! 効果抜群。
佐久間くんの視線をもっと集めるために、その人に似せよう。
テレビ番組をチェックし、DVDにCDを購入し、SNSのアカウントをフォローして、とにかくその人の情報を収集し、格好を真似していった。
……と、言っても学生の私が真似るのだから、
「浅木、化粧はダメだぞ」
「え~、色付きリップはダメですか?」口紅ではないと反論したり、
「浅木、髪の色が茶色くなったように感じるのだが?」
「気のせいですよ~」と、誤魔化したり。
「このイヤリングは誰のだ?」
「先生、昨日誰のだとたずねていたイヤリング、どうも私物に紛れて持って来ていたみたいで……」と、嘘を重ねながら、佐久間くんの気を引きつけようと、努力を重ねた。
そして年度末が迫るバレンタインデー。私は佐久間くんにチョコを手渡した。
「浅木さん、ありがとう」
チョコを受け取る佐久間くんに、私は天にも昇る心地となった。
「ところでさ」姿を似せている芸能人のファンなのか。とたずねてきた。
「……えぇ」ファンというより、あなたの好みの芸能人の真似をしているだけで……
「俺もその人、中二の頃夢中だったんだ。特に秋頃のドラマ。その方の役がツボにはまっていたんだ」
佐久間くんが私を見つめているという事実にのぼせあがり、過去形で語られていると気づけなかった。
「……でも、そのドラマの後、ばっさり髪の毛を切っちゃって、すごく残念な気持ちになったんだ」
ええ、そんな!
……あ、でもでも、髪の毛が長かった頃の私が、その方がやっていた役のイメージに近いって解釈していいかしら。
私はその日から、佐久間くんが見ていたというドラマを探し、好みの芸能人がやっていた役の真似をしづづけた。
佐久間くんと別のクラスになり、それ以上の接点が持てなかったというのに。
そうして高校最後の学期。多くの人が進路先を決め、私自身も新生活の準備に時間を割くさなか、佐久間くんに渡すバレンタインデーのチョコを買いに一人出かけた。
目当てのチョコを買い、一息つこうとフードコートに向かうと、そこには背中まで髪を伸ばしたナナがいた。
私は声をかけようとして、佐久間くんが両手にクレープを持ってナナの方へと歩く姿を見、思わず柱の陰に隠れた。
「はい、ナナの分」佐久間くんがナナに手渡し。それぞれ一口ずつ食べ、
「ねぇ、そっちの一口ちょうだい」
気がつくと私は自分の部屋にいた。
部屋に入るなり、本棚から佐久間くんが好みだと語っていた芸能人が載った雑誌取り出し、ビリビリに破く。
棚に飾っていたDVDにCDを床に撒き散らし、次々と叩き割る。
引き出しをあけ、買い求めた化粧品にアクセサリーをゴミ箱に突っ込み、衣服も手当たり次第切り刻んだ。
そして、買ったばかりのチョコの包み紙を乱暴に破き、
「嘘つき、嘘つき、嘘つき!」
怒鳴り散らしながら頬ばっていく。
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