水曜日は冒険の日

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水曜日は冒険の日

水曜日は冒険の日。家に帰ったらすぐ待ち合わせに場所に急行。 「ちょっと、あきら! お母さんに留守番頼まれていたでしょ!」 一年生の足に合わせて歩く姉と自転車ですれ違い、通学路を外れ人一人が通れる高架下を潜り抜けた。 「あきら~」 拓也が高架下先の書店前で、手のひらサイズの図鑑を持ったまま手を振る。あきらは道路を横切り、拓也の目の前に自転車をつけた。 「この前教えてくれた高架下の道のおかげで、ぐるりと回らなくてすんだよ」 「それはよかった。翔と夢来が待っている。急ごう!」 二人の自転車は住宅街を通り過ぎ、やがて田植えが終わったばかりの水田が広がる場所までやって来た。 「あきら~! 拓也~!」 山裾の集落手前の公園から声がする。翔と夢来だ。 「俺んちの畑のユスラウメ、実ってるって婆ちゃん言ってたから、みんなで食いに行こーぜ」翔の怒鳴り声に、「わかった」と拓也が叫び返した。 「ああ、あきらは始めてだっけ。ユスラウメというのはね、サクランボそっくりの実で、この時期にしか食べられないんだ」 拓也が自転車の前籠に放り込んでいた図鑑の一つを手に取り、その項を開いて見せた。 「へぇ~」 三年生になって、放課後クラブに通えなくなくなった矢先、隣の席になった拓也に誘われなかったら、水曜日はつまらない日のままだったと、あきらは思う。 「ここが俺んちの畑。遠慮なく食べていいぞ」 生い茂る葉を掻き分けると、なるほどさっき図鑑で見たばかりの赤い実がそこにある。 「翔、上の方がもっとなっているよ」夢来が指差し、翔がたくさん実がなっている枝目がけて飛び、掴んだ枝が弓なりにそる。 「さっすが翔!」競い合うかのように、赤い実を選んで採っていく。 「よし、離すぞ」 「うわっ!」 あきらのフードがひっぱられた。 「やばっ!」 翔が枝を、拓也と夢来があきらの身体にフードに手を伸ばす。枝が折れ、その勢いで皆尻もちをついた。 「……冒険するときは、フード禁止だな、これは」 冒険には時には危険が付きもの。だけど誰が側に居るということは心強くて、 「次、どこに行く?」折れた枝や種は木の根元に捨て、尻を払いながら自転車の元へ。 「また石英、探したい」と拓也。 「キラキラ光る石だよね。拓也は石集めるの好きだし」 「ぼくもその石、もっと欲しいな」と夢来が言葉を続け、以前石英を見つけた山裾に到着する。けれど小一時間程探しても満足出来る大きさの物は見つからず、 「この間は、雨が降った後だったから。そんな時の後が見つかりやすいのかな?」夢来が残念そうに言う。 「……公園に戻るか」自転車を止めていたところへ引き返すさなか、 「おい、拓也あれはなんだ?」翔が立ち止まり、田んぼの淵を指差す。 「えっ? どれ?」 「何もいないじゃな…… あ、いたっ! あれ、何だろう? ミニミニ怪獣?」拓也が首を横に振る。 「よし、みんなで捕まえよう!」 皆靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、一斉に田んぼに足を踏み入れる。が、思った以上にぬかるみ、思うように歩けない。たちまち服に顔に泥が跳ねる。 「やめやめ撤退!」 結局、翔が見つけた生き物が何なのかわからずじまい。田んぼ脇の側溝を流れる水で足についた泥を洗い流し、公園に戻っていく。 「喉渇いたな」 公園の水道の蛇口を上に向け、順番にあふれる水を飲む。最後に水を飲んでいた翔が蛇口を指で押さえ、小さな噴水を作る。 たちまち水遊びに突入。時折現れる虹に歓声を上げた。 「あ」 学校からチャイムが鳴りだして、『七つの子』が追いかける。名残惜しいけれど、家に帰る時間が来てしまった。 「じゃあまた明日」 「うん、また明日」 「次は昆虫図鑑も持ってくるね」 冒険は面白い。時々、危ないことになるけれども、教科書だけでは知ることが出来ない事柄も知ることができて、 「あきら! お母さんに留守番頼まれていたでしょ?」 家に帰るなり、姉に母さんに叱られなきゃ最高なんだけど。 「ごめんなさい」フードからころりとユスラウメが落ちた。
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