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同窓会の催されるホテルは、お化けビルとはかけ離れた、現代的で清潔な印象を受けた。ロビーには懐かしい顔が数人、受付に並んでいる。色とりどりのカクテルドレスを纏った女性陣に対し、自分たちを含めた男子のスーツが濃厚な影に見えて来る。
「あれ田中さんじゃね?」
「美人になったなぁー」
「おお!細谷先生みっけ!」
各々が、視界に入った人物を自分の中で消化する。
「おい浩太、あそこで話してるの、今井さんじゃないのか?」
正也が肘で小突いてきた。
今井さん。恥ずかしい話だが、これまで誰かと付き合う度に思い出していた女の子だ。入学してすぐから、気になっていたのをよく覚えている。程よく美人で可愛らしくて、優しい吹奏楽部の女の子。結局、彼女と付き合うことはなかったが。
彼女のことは、正直それくらいしか知らない。同じクラスになったのは、1年の時だけだ。それなのに、そんな柔らかな好きをずっと引きずっている。そのことを正也は気づいているのかいないのか。
彼女への告白は、2度チャンスがあって、2度とも逃した。どちらもタイミングが良くなかったのは、今だに天の悪戯だと思わざるを得ない。
体育祭の後と修学旅行の時にそれぞれあったが、どちらも一瞬2人きりになったところで、友達や先生に彼女の名前を呼ばれた。彼女は行ってしまった。
「今井さん、だね」
化粧をして、より綺麗になってはいるが、確かに今井さんである。高校生の時と、大きくは変わっていない。彼女が今井さんだと認めざるを得ない。
「だからなんだよ?」
そう、だからなんなのだろうか? 聞いてみてしまって、しまったと思った。
「お前、今彼女いないんだろ?せっかくの再会なんだからさ、声かけてみなよ。ワンチャンあるかもだぜ?」
正也は今井さんのいる女性陣の群れを眺め、飲み物のおかわりを入れに離れて行った。司と英紀は、その少し前に、科学部の仲間を見つけて飛んでいってしまっていた。
卒業までに告白を出来なかったこと、せめて連絡先だけでも交換しておけば良かったと考えたことは、一度や二度ではない。
しかしその後悔を今日、この同窓会という場で晴らすというのも、考えものだ。チャンスといえばチャンスである。しかし、少女から綺麗な女性になった彼女にいきなり声をかけたら、嫌がられないだろうか。
それにもし既に彼氏がいたら。ただ迷惑な男になるだけだ。そして、友達になることすら出来なくなってしまいそうだ。
それになにより、勇気がでない。なんと声をかけていいかも分からない。
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