「Wednesday」Episode 1. ~ 匠「雨の水曜日」

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 Episode 1.~匠「雨の水曜日」  この街にやって来たのは昨年、暮れも押し迫ったころだった。  急な欠員補充の辞令を喰らった僕は、引っ越し先の住環境や地理も把握しないまま1LDKマンションの賃貸借を法人契約で締結してこの地へとやって来た。  年度末ということもあり、一人者の僕は転勤に伴う休暇を僅か二日しか貰えなかった。  独身だから荷物も少ないだろうし、二日あれば大丈夫でしょ?  と、総務部の担当者に電話口であっさり言われた。  一日を引越しの搬出と搬入で使い、もう一日を後片付けと役所への転入届、ガスの開栓やケーブルテレビとネット回線の接続立会いなどで終えると、次の日にはもう新しい職場でたくさんの仕事が待っていた。  しかし、新しい営業所の所長がなかなか話の分かる気配りの出来る人で、仕事納めの日に「ご苦労さん。慌ただしかっただろうから年始はゆっくり休んでいいぞ」と、転勤休暇の残りを年始休みにプラスしてくれた。  休みが増えたことは嬉しかったが、両親がいる仙台へ帰る予定も立てていなかったし、何処かに遊びに行くという予定もなかった。  お正月の三が日は部屋に篭って本を読んだり、録画していたドキュメンタリー番組や映画を見たりしてだらだらと過ごし、近くのショッピングセンターに生活必需品や食料の買出しに出掛けたのは新しい年が来て四日目の午後近くだった。  そろそろこのあたりで生活のリズムを取り戻さなければ、と思っていた僕は朝七時に起きて朝食を済ませ、洗濯や掃除をした。  引越し時は時間の余裕が無く、簡単な掃除しか出来なかったので窓や網戸、蛍光灯の傘、玄関から風呂場、トイレ、クローゼットと、かなり念入りに掃除を済ませた。  賃貸とはいえ部屋中がすっきり明るくなると気分がいい。  自分の手際良さに満足した僕は、鼻歌交じりに寒風の吹く街へと自転車で出掛けた。  
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