逝人式

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 私も逝人式を待ちわびる一人だった。子供が成人し、さあこれから夫婦で余生を楽しもうと話していた矢先、夫が急逝したのだ。  くも膜下出血だった。  「風呂に入る」とテレビを見ているときに夫から声をかけられ、「ゆっくり温まってきてねー」と画面から目を離さずに返したのが最後の会話になると、誰が予想できるだろうか。見ていたドラマが終わって、ニュースが全国ニュースから地元のほのぼのニュースに変わったころになっても、夫が風呂から上がる気配がない。不審に思いながら脱衣所を覗くと夫が倒れており、「お父さん!」と叫ぶも反応はなかった。救急車のサイレン、病院のリノリウムの床、白くて細長い廊下の電灯。医師の言葉は覚えていない、搬送されたときにはすでに事切れていたそうだ。  すべてが自分の意志とは無関係に急流に流されるように進んでいき、骨壺の入った小さい箱となって夫が帰宅した。そのときようやく理解した。もう夫はこの世にいないのだ、と。
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