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大学卒業後、両親は地元に戻る事を強く願った。
たまに帰省した時に相談してもそんな素振りは全く見せず、都内の企業にエントリーして就活が本格化してきた頃になってそれを言い出した。
今更?
そう思いながらも高い学費を払って貰った以上むげにも出来ない。
両親の望む就職先は所謂公務員であって、今から公務員試験なんて当然間に合わない時期。
悩みに悩んで大学側に相談すれば警察官を勧められた。
まあ、公務員には違いない。
そうしてなった警察官。
公務員なのにあまり喜ばしい顔をしなかった母親に、せめてもの反発で実家からは通えない距離に希望し家は出た。
交番勤務を得て上に勧められるがまま留置管理課に配属され今は生活安全課。
警察官になりたての頃は通信指令センターを希望していたが現状は厳しい。
諦めているわけではないけれど、そこに辿り着くまでにはまだまだ経験が足りない事はよくわかっている。
警察官である同期達は、白バイ隊員になりたい!という人が男女問わず多かったが、私にはその適性が皆無。
なのでこれで良い。
高速バスを降りて都会に比べたら真っ暗だといえる駅前通りを足速に進む。
一応それなりにセキュリティ重視で選んだ我が家はもう目の前だ。
冷凍庫しか潤っていない我が家の冷蔵庫をふと思い出し、高上がりだがコンビニで食材を買っていこうと立ち寄れば、
「うわーお、会っちゃったね!運命だよ、運命」
聞き慣れた声に自然と溜息が漏れた。
「あ、嬉しくて感嘆の溜息出ちゃった?」
「…ッチ…お疲れ様です、久遠寺さん」
「ん?なんか今、」
「今帰りですか?」
「うん、そうなんだよー、聞いてよ璃子ちゃん、俺さこんなに頑張っているのにシゲさんがもっと頑張れって仕事振るんだよー」
そう言って大袈裟に溜息を吐き出した久遠寺さんは籠の中一杯に炭酸ジュースを手当たり次第放り込んでいる。
…買い過ぎでしょ。
牛乳とカット野菜、食パン、卵、ヨーグルトを順に籠に入れていく私の後をくっつきながら、いかに今日の仕事が酷く忙しかったかを面白おかしく説明している。
「で、璃子ちゃんはそれで何作るの?」
「フレンチトースト食べたくって」
「今から?」
「明日の朝ですよ。今夜のうちに卵液に付け込みたいんです」
「え、夕飯は?あ、結婚式今日だったよね?そこで美味しいものいっぱい食べれた?」
「それなりに食べましたけど、物足りないんでステーキ焼こうと思って」
そう答えれば軽く拍手される。
「良いね〜、夜はステーキで明日の朝はフレンチトーストか。楽しみだなぁ。俺頑張ってサービスしちゃうね」
「…じゃお疲れ様です」
「え、待って待って!それ買ってあげるから!」
「いえ結構です」
「あ、俺のと一緒に会計してください!」
コンビニの店員さんにジュースでいっぱいの籠を押し付けている。
「別でお願いします」
「やだ、一緒で!」
「別です!」
「いいから!俺が出す〜」
押し問答していれば、明らかに迷惑そうな店員さんの溜息。
それに気付きハッとした私を押し退けて、久遠寺さんは電子マネーで一瞬で払ってしまった。
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