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西にある芸術の国フォンセスの王都、モネリ。今日も賑やかな市場の隅に座り込む。流石に王都となると、比較的客の入りがいい。足を伸ばした甲斐があるってもんだ。
「やぁ、猫の兄ちゃん」
「おっさん。今日も来たのか」
「あぁ。昨日の話が面白かったもんだから、つい来ちまった。ここには変わり者が多いが、その中でもあんたはとびきりだ」
俺は返事の代わりに使い古した眼鏡をクイっとあげて、黒い尻尾を揺らす。
「こういう商売だと顔を覚えてもらえるっていう意味ではありがたいもんよ。キャストルもこんなとこじゃ珍しいみたいだし」
俺はやや汚れた裏路地の方をちらりと見て、おっさんは苦笑いで肩を竦めた。
「確かにな……。それより今日も聞かせてくれるんだろう? ……って、うわっ! おい、あれ……!」
おっさんが驚いて通りの奥の方を指差した。異様な人だかりといつもの倍以上の喧噪。
「なんだありゃ。……はぁ、西はヴァニラとエルフが多くて何が起こってんだかわかりゃしねぇや」
「あれだよ! ほら立ってよく見てみろよ」
俺はござから立ち上がり、出来る限り背を伸ばして人だかりの方を覗き込むと、何やら凄まじい雰囲気を纏った集団がこちらに近づいてきているのが見えた。
太陽の光を反射して輝く鎧を身に着けた騎士たちが、真ん中の一際背の高いエルフを守るように、円状に並んで歩いている。
「なんだぁ? あの妙にデカいエルフはよ」
「――――マリユス様だよ!! あのなぁ、いくらお前が旅人でも、フォンセスの国王くらいは分かるだろう?!」
春風でその美しい金髪が舞い上がり、美しい黒い目と端正な顔立ちが見えた。他の人族とは明らかに違うオーラを纏ったこの男は、人だまりの真ん中から、悠然とこちらに向かって歩いてくる。
「……あぁ、そういうことか。で、その王様の名前はなんだったっけ?」
おっさんから呆れた溜息が零れる。気づけば人だかりは俺たちの殆ど目の前までやってきていて、騎士たちとそれを取り巻く若い女たちや興奮した人々の塊の中に、俺たちも飲み込まれていた。目の前を通る騎士たちの、こちらに近づくなと人払いをしている声がはっきりと聞こえてくる。
「はぁ……フォンセス王、マリユス様だ。――――マリユス・ド・フォンセス」
おっさんが名前を言うと同時に、その名を冠するこの国の王が、見計らったかのように俺の目の前を通っていた。辺りを見回していた彼は不意にこちらに振り向くと、その黒曜石のような目で俺を見た。
白い肌、細い鼻筋、振り返らずにはいられない芸術品のような美貌――――。呆然とする俺を放ったまま、彼は再び前へ向き直った。
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