雨宿りの行方

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雨宿りの行方

「……またかよ」  どんより淀んだ空とまばらな人通り。今日もあまりいい日ではないようだ。この所は太陽がご機嫌斜め、客が増えてきた時にこの連続の雨降りはきついものがある。  酒場や宿屋でやってもいいんだが、酔っ払いどもは真面目に話を聞かねぇし、何よりどちらにも吟遊詩人という強力なライバルがいて、大抵あいつらが客をかっさらってしまう。特に酒場では語りよりも歌の方がウケがいい。……俺も歌が歌えたら違ったのかね。 「太陽の神様はどうやら俺に冷てぇらしいな。ったく、同じ東の生まれのよしみ、仲良くしてくれないもんかねぇ」  1、2枚しか金貨の入っていない革袋から顔を上げた。こりゃ飯代で路銀が尽きるな。  とりあえずしばらく居座って、宿代を何とか捻りださなきゃなと座り込んだ矢先、通りの奥から人影が現れ、こちらにやってきた。黒いマントとフードで顔を隠している。 「こりゃ、随分変わったお客だ」 「……話を売るらしいな。聞かせてくれないか?」  ゆっくりと伸ばされた手から、チャリンと金貨が落ちた。 「構わねぇけどよ、せめて顔は見せてくれねぇか? お客の表情が見えねぇんじゃ、こちらとしても話しづらいしよ……」  思案げにした彼はフードを少しだけずらし、その中を覗き込んだ俺は言葉を失った。俺の脳裏に焼きついているあの顔がそっくりそのまま現れる。 「生憎、これを取るわけにはいかないのでな……これで容赦願いたい、話売りよ」  俺は目を瞬かせて、目の前に現れたフォンセス王その人をぼうっと見ていたが、にやりと笑った。 「……へへ、こいつぁ面白れぇ。王様直々のご来店と来たもんだ。それならとっておきを出すしかねぇなぁ。ちょいと長くなるが、雨が降る前に終わることを祈っててくれ」  用意された座布団の上に王様を座らせる。仮にも一国の王様がへたってクタクタになった座布団の上に座っているというのは何とも奇妙で面白い光景だが、ちょいと申し訳ない。せめてと温かい茶を渡してやって、俺は自分の持っている中でもとっておきの話を話し始める。  人々の間でまことしやかに語られる『四方の聖域』というこの世界の果ての話。その中の1つである北の果てを100年程前に探検した、向こう見ずな冒険者たちの物語。  聞き終えた王様は、湯呑みを俺に返すと満足そうに微笑んだ。 「面白い話だった。かのエメリアルに、かつてそのような英雄がいたとは初耳だ。しかし異界に渡ることができる氷鏡……興味深い」 「な、面白いだろう? 俺としては冒険者たちはその鏡で異世界に渡ったんじゃねぇのかって思ってる。だからそいつらは帰ってこなかったってわけ。これは俺が北国の酒場で聞いた話さ。信じるか信じないかはお前さん次第――――」
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