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朝日の中、仄かに甘い匂いが立ちこめていた。重い快感の余韻。やっとこさ体を起こす。不意に尻尾があいつの顔を掠めたような気がして振り返ると、目の前でゆっくりと長い金の睫毛が持ち上がっていた。
「おはようさん」
「もう朝か。……楽しい時間というものは本当に早く感じるものだ」
確かに。俺たちが出会ってから長い時間がたった。思い出を辿るように昨晩俺がつけた傷跡に指を這わせて……思わず笑っちまった。
「何がおかしいんだ?」
呆れ笑いを浮かべながらあいつが聞いてくる。
「いやー、2人して恋なんてよくわからねぇよ、って言ってたのによ、まさかこんなことになるなんてなぁ」
苦笑い。人間ってのは分からないものだ。異種族でもそれは同じだ。
「痛いところを突かれたな」
俺もくすくす笑っちまう。突いていたのはあんただろ、ってツッコミは流石に野暮か?
「……そうだな。少しずつ分かってきた気がする。私も変わったのだな。ありがとう、ワタル」
キスを受け入れて抱き合う。
「いいってことよ。お礼言われるようなもんでもねぇし。むしろお礼言わないといけないのは俺の方だし。色々世話になってっからよ」
ふっ、と微笑んで髪をくしゃくしゃに掻きまわしたあいつの向こう――――1枚の書状が目に飛び込む。
「なぁ、それは……?」
その表情が影を帯びる。
「衛兵からの連絡だ。……何でも戦争を終えたエメリアル軍の小隊が、国境付近できな臭い動きをしているようでな」
うげ。最悪だ。
「きな臭いってなんだよ……気色悪いな。何が起こってるんだよ」
「書状ではそこまで細かくは分からないな。ただ……戦いには備えなくてはならない」
立ちこめていた甘い匂いが一気に掻き消える。
「お前も知っているだろうが、フォンセスは武勇を誇る国ではない。私は時にそれがひどく……悔しく思える時がある。だから軍を鍛え、他国から馬鹿にされないよう力をつけてきたつもりだ」
握った拳からたくましい腕へと影が伸びる。エルフとは思えない力こぶ。
「悲しいことだが、芸術というものは軍隊ほど……暴力ほど強大な力を持つものではない。芸術で戦うことはできない。それは政治という局面において、何の力も持たないのだ。戦うことから目を背け、絵ばかり描いている王というのは、ただの腰抜けだからな」
俺はやるせなさを抱えたまま頷いた。世界の仕組みってのは俺たちが簡単に変えられるものではない。
「エメリアルと、戦争になるのか?」
彼は自らの腕に目線を落とすと、淡々と言い切った。
「……必要ならば、鍛え上げたこの力を遺憾なく発揮する。……それだけだ」
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