忍び寄る暗雲

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忍び寄る暗雲

 朝起きて窓を開け、眼下の街を眺める。あんなに美しかったモネリの都は、今日も灰色に沈んでいた。前までは賑わっていた市場も鳴りを潜め、人々は不安げな顔で足早に通りを歩いている。  厳戒令が敷かれてどのくらいたっただろうか。日付を確かめる。戦争は既に3か月も続いていた。  結果としては俺たちの予想通りになった。丁度付近の小国にちょっかいを出していたエメリアル軍の一部が、フォンセス国境付近に駐在していたことがきっかけだった。戦争が終わり、フォンセス軍が立ち退きを命じたところ、向こうはそれを無視して国境付近に陣を構えたというからたまらない。現地のフォンセス軍小隊との戦いになってしまったのだ。小隊同士とはいえ、小競り合いは戦争に発展してしまった。  この事態に、マリユスはエメリアル側に散々書簡を送ったが、返事は帰ってきていないとのことだった。ふてぇ野郎だ、全く。  皆がフォンセスの勝利を信じているとはいえ、相手は西1番の軍事大国。情勢としては……あまりいいとは言えない状況らしい。  少なくとも、向こうの大将は玉座にどっかりだっていうのに、こっちの大将は現地に引きずり出されちまった。軍隊を指揮するためにここずーーっとあいつは城を空けている。  唯一の救いとしてはおそらく向こうさんは自分の小隊のことをどうとも思ってないことだ。援軍をよこすでもなく、助けに行くわけでもなく、止めるわけでもない。ただ事態を静観している。多分あのくらいの戦力なら手放しても惜しくないのだろう。  ふっと思考を現実の方へ戻すと俺は再び机に視線を向けた。今日も今日とて……何も出てこない。何も書きたいと思えない。前まではボコボコと浮き上がる泡みたいに書きたいものが出てきてくれたのに、今は枯れた泉のようだった。こんなことは初めてだ。どうしちまったんだろう、俺。  いつもみたいに首尾はどうだ? と聞いてくれるやつもいないから、ついだらけてしまう。あいつ、今頃何してるんだろう。情勢はどうなんだろう。戦いの中だ、万が一のことがあったら……。  馬鹿。何考えてんだ。そんなわけないだろ。あぁ、でも会いたい。ここから出たい。同じ場所でじっとしていられない。  窓の外を再び見やった。遠くへ行きたい。旅に出たい。思いだけが募っていく。  この数年、旅人という言葉が錆びつくほど、俺は旅をしていなかった。マリユスに止められて、モネリの外にもおちおち出られない。ずっと同じ場所にいるなんて初めての経験だった。普段抑え込んでいる不満が非常事態の中でより強く感じられる。  だがいくら俺でもそれは今じゃないのはわかりきっている。国境では戦争中だ。戦地に突っ込むつもりか? ため息をついてピシャリとカーテンをしめた。
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