第10話

1/1
前へ
/11ページ
次へ

第10話

 僕と結衣は、教室の中心で向かい合った。 「私ね……貴方に、沢山ありがとうって言いたかったの。私の『親友が欲しい』って相談から、ずっと……貴方を避けていたときだって、貴方は私を気にかけてくれていたでしょう?」 「それは……」  違う。  結衣は、糸に吊られず生きてきた。  僕は、そんな風には生きられない。  だからこそ、僕は僕の半ば自己満足で結衣の相談に乗ってしまったのだ。  しかも……僕は結衣を守ることが出来なかった。  感謝されるべき人間なんかじゃない。  ありがとう、なんて言わないでくれ。  喉まででかかった言葉を、僕は飲み込んだ。 「貴方は私に、色んなことを教えてくれた。私が間違えてしまったら、『違う』としっかり言ってくれた。分かるの。何も言わず、離れる人の方が多いはずだって……だから、だからこそね……」  結衣は1度俯き、決意したようにサッと顔を上げる。僕は続く言葉を、なんとなく察していた。 「もういいのって、言いたくて」 「…………」  思考が、止まる。  いや違う。僕が、理解したくないだけだ。  嘘だと言って欲しい。  そんな思いで結衣を見る。  僕の気持ちとは裏腹に、結衣は自嘲じみた声音で話し、くるっと回ってみせた。 「いけないのよ? 私みたいな、おかしい子の味方をしてしまったら……貴方が、傷ついてしまうから」  結衣は先程と同じように、悲しそうな表情を無理やり笑顔に変えていて……。  その瞬間、僕は理解した。  結衣に糸が括られ、僕を避けていた理由。  もういいと言った理由を。  諭すように柔らかく、結衣は言葉をつむぐ。 「貴方はクラスに溶け込める。私はクラスに溶け込めない……決めていたの。貴方の重荷になるのなら、私が1人になればいいって」 「……」 「だから、もういいの……ありが――と?」  教室を去ろうとする結衣の腕を、僕は掴んだ。 (プツン――)  その拍子に、僕の肩に括られていた21本目の糸が……切れる音がした。  僕は、どうするべきだった?  あのとき、悔恨に溺れながら立てた問いの答えは、もうとっくに出ていたのかも知れない。  そう。僕は答えを知っていた。  それこそが僕の、結衣の答えだったんだ。  ただ、僕にはそれをする勇気が無かっただけ。 「天宮……くん?」  もう、迷わない。 「……2人の時は紘って呼べよ。僕はそうしてただろ?」 「――っ、それは、これから無しに……」 (プツン――) 「僕はさ。自分に、正直に生きたかったんだよ。1人じゃできなかったことだった……でも、結衣がそのやり方を教えてくれたんだ」  結衣の言葉を遮り、僕は言葉を連ねた。  自分に正直になりたい。  結衣に対する憧れと、誰にも打ち明けることのできなかった僕の願いを、今初めて、話すことが出来た。 「重荷じゃない。僕は結衣を助けたい。だから……結衣も、僕を助けてくれるなら……助け合って、尊重しあえる関係を作ろうとしてくれるなら……」  結衣の腕から手を離し。息を吸った。  もう、痛みなんて感じなかった。 「……僕と、親友になろう」 「憎まれ口を叩きあって、お気楽な翔も呼んで、あの喫茶店で、ど〜〜でもいい話をしよう」  僕が話している間、結衣は戸惑うような表情を見せていた。恐らく、まだ、彼女は迷っている。  それなら、僕は背中を押すだけだ。 「どう……かな?」  空を覆っていた雲間から、光が差す。  太陽の光が、結衣の潤んだ瞳を照らし出す。 (プツン――) 「……それは、とっても素敵なことね」  そう言った、涙混じりの結衣の笑みを、僕は一生、忘れないだろう。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加