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第10話
僕と結衣は、教室の中心で向かい合った。
「私ね……貴方に、沢山ありがとうって言いたかったの。私の『親友が欲しい』って相談から、ずっと……貴方を避けていたときだって、貴方は私を気にかけてくれていたでしょう?」
「それは……」
違う。
結衣は、糸に吊られず生きてきた。
僕は、そんな風には生きられない。
だからこそ、僕は僕の半ば自己満足で結衣の相談に乗ってしまったのだ。
しかも……僕は結衣を守ることが出来なかった。
感謝されるべき人間なんかじゃない。
ありがとう、なんて言わないでくれ。
喉まででかかった言葉を、僕は飲み込んだ。
「貴方は私に、色んなことを教えてくれた。私が間違えてしまったら、『違う』としっかり言ってくれた。分かるの。何も言わず、離れる人の方が多いはずだって……だから、だからこそね……」
結衣は1度俯き、決意したようにサッと顔を上げる。僕は続く言葉を、なんとなく察していた。
「もういいのって、言いたくて」
「…………」
思考が、止まる。
いや違う。僕が、理解したくないだけだ。
嘘だと言って欲しい。
そんな思いで結衣を見る。
僕の気持ちとは裏腹に、結衣は自嘲じみた声音で話し、くるっと回ってみせた。
「いけないのよ? 私みたいな、おかしい子の味方をしてしまったら……貴方が、傷ついてしまうから」
結衣は先程と同じように、悲しそうな表情を無理やり笑顔に変えていて……。
その瞬間、僕は理解した。
結衣に糸が括られ、僕を避けていた理由。
もういいと言った理由を。
諭すように柔らかく、結衣は言葉をつむぐ。
「貴方はクラスに溶け込める。私はクラスに溶け込めない……決めていたの。貴方の重荷になるのなら、私が1人になればいいって」
「……」
「だから、もういいの……ありが――と?」
教室を去ろうとする結衣の腕を、僕は掴んだ。
(プツン――)
その拍子に、僕の肩に括られていた21本目の糸が……切れる音がした。
僕は、どうするべきだった?
あのとき、悔恨に溺れながら立てた問いの答えは、もうとっくに出ていたのかも知れない。
そう。僕は答えを知っていた。
それこそが僕の、結衣の答えだったんだ。
ただ、僕にはそれをする勇気が無かっただけ。
「天宮……くん?」
もう、迷わない。
「……2人の時は紘って呼べよ。僕はそうしてただろ?」
「――っ、それは、これから無しに……」
(プツン――)
「僕はさ。自分に、正直に生きたかったんだよ。1人じゃできなかったことだった……でも、結衣がそのやり方を教えてくれたんだ」
結衣の言葉を遮り、僕は言葉を連ねた。
自分に正直になりたい。
結衣に対する憧れと、誰にも打ち明けることのできなかった僕の願いを、今初めて、話すことが出来た。
「重荷じゃない。僕は結衣を助けたい。だから……結衣も、僕を助けてくれるなら……助け合って、尊重しあえる関係を作ろうとしてくれるなら……」
結衣の腕から手を離し。息を吸った。
もう、痛みなんて感じなかった。
「……僕と、親友になろう」
「憎まれ口を叩きあって、お気楽な翔も呼んで、あの喫茶店で、ど〜〜でもいい話をしよう」
僕が話している間、結衣は戸惑うような表情を見せていた。恐らく、まだ、彼女は迷っている。
それなら、僕は背中を押すだけだ。
「どう……かな?」
空を覆っていた雲間から、光が差す。
太陽の光が、結衣の潤んだ瞳を照らし出す。
(プツン――)
「……それは、とっても素敵なことね」
そう言った、涙混じりの結衣の笑みを、僕は一生、忘れないだろう。
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