第4話

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第4話

 約束の日曜日、12時55分。  小ぶりの雨を傘に受け、僕は、喫茶店【カスターニャ】の前にて呆然と立ち尽くしていた。  というか……。  来てしまって、本当に良かったのか……?  我ながら恥ずかしいことだが、連絡があった金曜日の夜中は眠れないほど悩み、土曜日の日中は何度も断りの連絡を入れようとして出来ず、結局ここまで来てしまったのだ。  ウジウジ悩むくせをして、いつまで経っても優柔不断な自分の性格を呪った。  こうなったら、割り切るしかない。  自分に暗示をかけ、とうとう僕は扉を開けた。  チリンチリン――。  開閉ベルの小気味よい音を聞きつつ、喫茶店の店内へと足を踏み入れる。  深みのあるコーヒーの香りが、僕の緊張を、少しだけ和らげてくれた。 「いらっしゃいませ〜、1名様ですか?」  物腰の柔らかそうな女性店員だ。  ……糸が15本もある。苦労してるんだな。  女性店員に「連れが来てると思います」と答え、店内を見回しながら歩く。  すると、店内奥まった場所にあるボックス席に、彼女……織田倉結衣が座っていた。 「あら、天宮くん。こんにちは」 「ど、どうも……結衣……さん」  嫌に思われるかと内心ドギマギしながら下の名前を呼んだのだが、結衣はにっこりと微笑み頷いて「何か頼む?」と促した。 ***  僕が席について、かれこれ5分が経過した。  ボサノバ調のゆったりとした音楽が、店内を流れている。  僕が最初に頼んだメロンソーダの量は約3分の2を切り始め、僕が席に着いたときにあった結衣のコーヒーは既に無くなっていた。  結衣はコーヒーが無くなっても、店内にあった本を読んでいたようなので退屈するようなことは無いだろうが……。  ……遅い。  僕も結衣も認知している後から決まった予定として、翔が来ることになっていたはずなのだが、来る気配が無いのである。  僕は、『同級生の女子生徒と2人きり』というシチュエーションによる緊張と、(いま)だ本を読み続けている結衣に話しかけられていない気まずさで心臓がはち切れそうだというのに、アイツは一体どこで油を売っているのか。  催促の連絡を入れるため、おもむろにスマホを起動させると……既に翔から連絡が来ていた。  内容はと言えば……? 『おじゃま虫は退散するぜ! グッドラック!』 「……」  絶句、というのはこういうときに使う言葉なのだろうな。……覚えてろよ。この借りは、いつか丁〜寧に返させて貰うぞ。  翔をどう料理してやろうかは置いておくとして、とりあえず結衣に伝えなくてはいけないな。 「あー、結衣さん」 「何かしら」 「翔、来ないって」 「あらそう……」  しゅんとする結衣。 「一緒にいたら楽しそうな人だったけれど……残念ね」  言葉通り少し残念そうにしながら、結衣は本を閉じた。 「それじゃあ本題に入りましょうか」  本題の検討は付いているが、一応確認をとる。 「この前話そうとしてくれたことだよな?」 「ええ。これは、そう――、頼み事になるわね」 「そっか」  頷き少し間を置いてから、結衣は話を進めた。 「私、転校してきてからずっと、クラスメイトの子たちを観察していたの。私に沢山話しかけてくれて、良い子たちが多いわよね」  結衣は起こったことを思い出すように視線を左上にやりながら話していたが、しばらく話をすると僕を真っ直ぐ見つめてきた。 「そして、少しずつクラスメイトの子たちを観察していくうちに……貴方たちが目に入った」 「俺たち?」 「そう。貴方と、坂上くん。貴方たちって、多分気兼ね無く話せる親友みたいなものでしょう?」 「お、おう……まぁ、そうかな?」 「その関係って、凄くいいと思うの。なんでも自由に話せて、ちょっと皮肉を言い合ったり、お互いを尊重したりできる。私の……憧れの関係」 「そこで、相談なんだけれどね?」 「私がそんな親友を作れるように、協力してくれないかしら」  なるほど……そういうことか。  僕はコミュニケーション能力に自信があるわけではないが『空気を読むこと』においては、それなりの自信があるし、結衣の補助ができる。翔はコミュニケーション能力の塊みたいな奴なので、相談相手としては適しているかもしれない。  でも、その親友というのは……僕がなれないものなのだろうか……。  ……いや、僕が親友になる必要性はどこにもないはず。  結衣が無事に親友を作ることができるとしたなら、そのとき僕はきっと嬉しいのだ。 「分かった。……協力するよ」 「ありがとう」  結衣の笑顔を見て、僕はちくりと胸が傷んだ。  ついで、何を思っているのかと自分を戒めた。  僕と結衣は正反対。  性格も違ければ、性別も違う人間同士が、気兼ねなく話すことのできる親友になぞなれるものか。  結衣の相談に乗ることで、僕は結衣の手助けができる。憧れを抱いた人間に恩を売ることも。  そうだ。これでいい。これでいい――。  自分の言葉を飲み込んだ僕の心は、しばらくチクチクと傷んでいた。
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