第6話

1/1
前へ
/11ページ
次へ

第6話

 確かに僕は、結衣が怖いと言った。  言ったが……。  日本語って、案外難しいんだな。  僕達は、放課後、再度相談をすることにした。  今度は勘違いが起こらないよう言葉を考えてから発言する。 「結衣。自分が怖いと思ったからと言って、人をリラックスさせようとする直接的な行動は控えよう」  僕の言葉を聞いた結衣は、ぱちくりと瞬きをして、僕に問うた。 「どうしてかしら?」 「まず1つ目。俺が言った思いやりを持つことっていうのは、目の前の人が何を考えているのか、何をして欲しいのかを察して、それに対応する行動をとることなんだ。結衣がそれをできなかったのは、俺が言葉足らずだったせいもある。でも、2つ目は……その……」 「教室でお香を()くなんて行為、規則違反だし、流石に常軌を逸してると思うんだよ……」  結衣は僕から目を逸らし、いじけた子供のようにぼそぼそと話し始めた。 「昼休みの間だけなら、大丈夫だと思ったんだけれど……先生に怒られてしまったわ。ついでに授業で使う教科書も忘れてしまったし……」  しょんぼりと項垂れ、ついで「確かに」と続ける。 「みんな、お香を焚く私を見て怖がっていたような気がするわ。今考えてみると、なんであんなことをしてしまったのか……」  ここまで素直だと、アドバイスしている僕の側もなんだか申し訳なくなってくるな。  ……まぁ、先は長いが、注意を続けていこう。 「ゆっくり慣らしていけばいいよ。そのうちきっと、出来るようになる」 「ええ。……ありがとう」  結衣は、僕の言葉にふんわりと笑った。  ……あれ?  なんで、僕は。  結衣が周りに同調しなかったことに対して、こんなにも安心しているんだろう?  僕は、結衣の望みを叶えたい。  親友を作って貰いたいと思っているはずだ。  それなのに……。  結衣から相談受けて、それからの僕は、なぜか、どうしようもないほど苦しんでいる――?  急に顔色を変えて俯いた僕を、結衣は心配そうに見つめた。 「どうしたの?」 「……いや、その」  僕の視界の端。  肩の辺りから、シュルシュルと降りてくる。  教室の茜色に染まっていない……細く、白い、針金のような何かが見える。  これは……?  ――……あぁ、そうか。  これは、あのとき、『普通』になると決めた10歳のときと同じ光景だ。  僕に巻き付くために、糸が降りてきた。  僕はまた、自分に嘘をついて、自分の糸を増やしてしまった。  馬鹿だ。僕は。  素直で、どこまでも真っ直ぐな結衣に憧れを持ちながら、その結衣にさえ嘘をついて、操っているんだから。  僕は結衣を心配させないよう、少し微笑んで、言葉を発した。 「……なんでも、ないよ」  本当に、どこまで行っても……。  僕は操り人形なんだ。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加