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第7話
結衣から相談を受けて、約2週間が経つ。
彼女は『人の気持ちに配慮し、それに従った行動をすること』や『行動をする前に他人の様子を伺って行動すること』の詳細を覚え、ある程度までクラスに溶け込み始めているように見えた。
同調しているのに糸に吊られないあたり、僕の言うことを自分なりに「もっともだ」と受け入れ行動してくれているのだろう。
僕は、それがとても嬉しかった。
翔のアドバイスも活用して、そろそろ友達を作る段階に移行してもいい頃合いだと思っているのだが……。
今日は起きてからずっと……糸が突っ張る。
規範に沿わない行動に対して規制がかかるのは通常通りだとしても、身支度や登校の際、普通に歩いているときでさえも身動きしにくいとは。
こんなこと、僕が操り人形になってから1回も起きたことがない。原因もまだ掴めないままだ。
おかげで登校もギリギリになってしまった。
どうしたものかな……。時間に遅れないよう急ぎながら教室の引き戸を開ける。
瞬間、目に入ったのは。
教室で言うところの後方、僕の2つ隣にある、結衣の席。
そこに……花瓶が置かれていた。
近くを見ると、花瓶を見つめたまま呆然と立ち尽くす結衣の姿があった。
頭から糸が伸びている、結衣の姿だった。
「………………?」
一体、何が起こった?
思考もおぼつかないまま、フラフラと席につき、机のまだら模様をぼうっと見つめた。
そうか……結衣を守れなかったんだ。
僕は、どうすれば良かった?
あの日――、結衣が転校してきた日。
僕が興味なんて持たなければ。
翔に相談なぞしなければ。
喫茶店で話を聞いたとき、僕が結衣の頼みを断っていれば。
そもそも、僕が結衣を助けたいだなんて思うこと自体、おこがましいことだったのだ。
結衣に糸がついたのは、僕の影響もあるだろう。
自分自身すら嘘で騙し、他人に嘘をつき続けるような奴が、正直な人間に関われば汚してしまうとなぜ気づけなかった?
渦をまく悔恨に呑まれ、僕は放心した。
ざわめく教室に……。
ホームルームの鐘が鳴った。
***
担任の女教師が真剣な面持ちで話をしている。
「はい。皆さんも知っているかと思いますが、今日の朝、織田倉さんの机に花瓶が置かれていました。これがどういうことなのか分からないほど、皆さんは子供ではありませんね?」
教室は、かつてないほど静まり返っていた。
「朝のホームルーム後、昼休み、放課後……時間は問いません。何か知っていることがあるのなら、職員室に来なさい」
……クラスメイトのほとんどは、犯人が誰なのか理解しているはず。それは、僕とて例外ではない。
僕の席の丁度対角に位置する席に目をやると、その犯人は、満足そうにほくそ笑んでいた。
女子生徒グループの元締め。
潮田沙奈。
強い勢力に反発できない内気な生徒たちを操り、自分がまるで王かのように振る舞う性悪女である。
今回の1件だって、間違いなくこいつが絡んでいるはずだ。
奴のやり方から察するに、他の生徒に花瓶を置かせたのだろう。
その生徒は、実行犯であることがバレて教師に諭されたとしても、決して口を割らない。
何故か?
……報復が怖いからだ。
しかし、もしもだ。
結衣が沙奈の犯行を知ったら、どうするだろう? 並の人間ならそのまま口をつぐんでしまうかもしれない。
……他人に同調しようとしても尚、己の正義を貫いていた彼女ならば、どうする?
答えは1つ。
それは既に、確信の域に達していた。
ホームルームが終わったらすぐに話をしよう。
僕は自由に動けるか分からないし、彼女も圧力に屈しかけている今だけれど、僕の行動無くして誰が結衣を助けることができる?
……本当に、こいつさえいなければな。
今も尚、動けない僕を嘲笑うかのように緩やかな力をかけている糸を睨みつける。
(ギリ……ギギギ……)
お前はいつも、そうやって……邪魔をするな。
僕は拳を握りしめようと力をかけたが、指の糸は動かない。そんな状態から出来る半分指を閉じた手が、今の僕を表しているかのようで……。
僕はじっと、その拳を見続けていた。
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