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「いらっしゃーい」
姉の間延びした声が私を迎えた。昼間だと言うのに缶ビール片手にソファーに寝そべっている。姉はとてもダラシがない人で私が週に1度訪ねて行かなければ彼女のマンションはゴミで埋もれてしまうだろう。
ふとリビングに目を向けると大きな段ボールが鎮座している。
「また何か通販したの?」
「最近運動不足だからウォーキングマシーン買っちゃった」
ため息が洩れる、姉はいつもそうだ。衝動買いをするくせに開封しないまま埃を被らせる。売れっ子ミステリー作家としてそこそこ収入あるのがいけないのだろう。
「邪魔だから物置部屋に運んでおくね」
ワイドショーを見ながらひらひらと手を振る姉に肩をすくめる。やはり手伝う気はないようだ。
どうにかこうにか部屋に運び込むと、似たような段ボールが大量に鎮座している。どれもこれも粉雪のように埃を降り積もらせ真っ白だ。
「わっ!」
狭い足場を踏み外して、積み上げられていた段ボールをひっくり返してしまう。バサバサと雪崩のように手紙が床に散らばった。やってしまったとため息をついて手紙を拾い集めていく、宛名がどれも姉のペンネームになっていることからファンレターなんだろうか。中には一人で13通も送っている人がいた。
「ねぇお姉ちゃん、ファンレターちゃんと読んでる?」
「読むわけないじゃん、そんなものに時間使うくらいなら溜まってるドラマ見るほうが有意義だわ。あんた持って帰っていいわよ」
「バチが当たっても知らないからね」
ため息を付いてファンレターの段ボールを抱えた。そのまま外に出るとマンションのお隣さんと行き合い、声をかけられる。
「重そうですね手伝いましょうか?」
「ありがとうございます、でも中は手紙なので大丈夫ですよ。また姉から要らない物を押し付けられてしまって」
彼女も姉に迷惑をかけられているようで、大変ですねと苦笑していた。
家に帰るとスマートフォンの見守りアプリを起動する。女性の一人暮らしは今の時代なにかと物騒で両親が他界している私達は互いにこのアプリを入れていた。画面に目を向けるとそこには血の海に横たわる姉の姿が映っていた。
「あーぁ、だからバチが当たるって言ったのにね」
一枚のファンレターを指で掴んで差出人の住所を確認する、それは熱心なファンの13番目のファンレター。その熱意は姉の居場所を突き止めて隣に越してくるくらいに重たいものだった。
それを要らないと捨ててしまったらどうなるかーー
「た……すけ……て……」
まだ息のあった姉が体を捩らせ声を絞り出す、しかし私は何事もなかったようにアプリを閉じた。助けるわけがない、姉が亡くなれば彼女の印税が何をせずとも私に降り積もってくれるのだから。
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