ミステリーツアー

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ミステリーツアー

 ――寒い……寒い。ここは、どこ?  凍える程の強い風がひっきりなしに吹き付けている。ブルッと身震いして、ぼんやりと瞼を開いたが、辺りは薄暗くてよく見えない。 「お客様! こちらにいらっしゃいましたか」  誰かの手が肩にポンと触れた途端、ガラスの曇りを拭ったように、景色に焦点が合った。見渡す限り、アスファルトの舗装。等間隔の白線が引かれており、どうやら駐車場のようだ。地平線の代わりに、冬枯れの白っぽい裸木が、垣根の如く横列を成している。梢を覆う空は水色で、雲ひとつない。 「え?」  振り向くと、濃紺のブレザーを着た30代くらいの女性が笑顔で立っている。エンブレムの付いた帽子に、白い手袋。昔、修学旅行で乗ったバスの添乗員(ガイド)さんみたいだ。 「お急ぎください、間もなくバスが発車します」 「えっ……ええっ?」  どういうこと? 直前の記憶が無い。 「さぁさぁ、皆様お待ちですから」  ガイドさんは、グイグイと背中を押す。その先に、確かに1台、観光バスが停まっている。青紫の遮光フィルムを貼った大きな窓越しに、乗客の影もちらほら見える。 「いや、あの、私……?」  路線バスならまだしも、観光バスなんて……旅行するような心の余裕などなかった筈だ。 「斉城史那(さいきふみな)様ですね? ご安心ください。当方の乗車名簿に、確りとお名前がございます」 「あっ、はぁ……」  なおも歩みを渋ると、ガイドさんは小脇に挟んだバインダーを開いて紙束を捲り、にっこりと微笑んだ。目の前に示された書類には、私の名前に生年月日、現住所、連絡先の電話番号、そして勤め先が見慣れた文字で書き込まれている。 「もう出発のお時間です。さあ、、斉城様」  抵抗材料を失った私は、彼女に誘導されるまま、観光バスに近づいた。昇降口のステップに足をかけながら、ドア横の行き先表示に目を走らせる。 『運だめし! ドキドキサバイバルツアー』  なにこれ。やっぱりキャンセルしようかと動きを止めかけた時、ガイドさんがグイッと腰を押し上げたものだから……勢いで車内に踏み入れてしまった。 「そちら『5-A』のお席です。シートベルトの着用をお願いします」  案内された窓側の席の上には、トラベルバッグが乗っている。昨夏、旅行のために買ったヴィトンのキーポル55。持ち手(ハンドル)の根元に、私のイニシャルが刻印されたタグと、リトルマーメイドの金色のチャームが付いている。 「斉城様、こちらを」  隣の空席にバッグを置いて、シートベルトの留め金をカチリと差し込んだ時、再びガイドさんがやって来て、仔犬サイズのパンダのぬいぐるみを差し出した。 「は?」 「先程まで、斉城様がお持ちでございました」  よく見ると胸の辺りが薄汚れている。誰かのために買ったお土産という訳でもなさそうだ。子どもじゃあるまいし。ぬいぐるみと旅する趣味なんてないのだけれど。 「知らないわよ、そんなもの」 「ですが、とても大事そうに抱えていらっしゃったので」 「分かったわよ」  ガイドさんは食い下がる。たかがぬいぐるみ1つで押し問答しても仕方ない。ここは大人しく引き下がることにした。 「全く……なんなのよ」  バッグの横にパンダを無造作に放ると、青紫色の車窓に目を向ける。バスは駐車場を順路に沿ってゆっくりと動き出した。私が参加したのは、行き先不明のバスツアー、いわゆる「ミステリーツアー」のようだ。
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