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最初の「運だめし」
「皆様、お疲れ様でしたー! これより、最初の会場に参ります!」
ガイドさんの弾んだ声に起こされた。いつの間にか眠ってしまったらしい。窓の外に目を凝らすが、よく見えない。座ったままの私を尻目に、横の通路を乗客達がゾロゾロと移動していく。
「さぁ、斉城様もお降りください!」
明るい笑顔が迎えに来た。車内に残るのは、私1人か。
「あの、ちょっと頭痛がするので……」
「いえいえ、ダメでございますよ。このツアーは、全員参加が必須でございます!」
サボろうとしたものの、ガイドさんは勝手にシートベルトを外して、参加を強要する。
「分かったわよぉ」
「手荷物は、車内に置いてくださいませ」
渋々降車すると、真っ赤な鳥居が目に飛び込んだ。
「こちらでございます」
ガイドさんが示す先には行列があった。ツアーの乗客以外に、別の団体も混じっているみたい。
「ここでなにをするの?」
「お客様には、御神籤を引いていただきます」
「あぁ……」
そういえば、このツアーは「運だめし……なんとか」だっけ。
「ここって、有名な神社なの?」
「ええ……そうですね。こちらの御神籤の内容如何で、斉城様の今後が決まります」
大袈裟な。たかが御神籤でしょうに。
呆れながら前方に視線を投げるが、参拝客の背中がズラリと連なるばかり。参道の両脇は3m以上の青竹が隙間なく生え、その奥の様子は分からない。
竹林の道、か……。
『京都なら、野宮神社に行きたいわ』
『嵐山駅から竹林の道を通って、すぐ近くだね。なにか理由があるのかい?』
『恋愛成就で有名なのよ』
『そうか……はは』
苦笑いの口元に青と緑の缶が近づく。あの人は、カフェチェーンのコーヒーよりも、某飲料メーカーの缶コーヒーが好きだった。
「――え?」
「斉城様、次ですよ」
「あっ、ああ、そうね……」
いつの間にか行列は消えていて、正面に朱色の社務所がそびえている。巫女や神職の姿はなく、ただ「御神籤」と書かれた白木の箱が1つ、台座の上に置いてある。私の前に並んでいた男性が箱から腕を抜き、右に逸れていった。
「さぁ、どうぞ!」
急かさないでよ。
ガイドさんを一瞥してから、箱に手を入れる。小さな紙片をかき混ぜて……指先のインスピレーションに任せて1枚、摘まんだ。
「ここで開いていいの? そう」
後が支えていないので、その場で封じられた糊を剥がす。中の文字は――「半吉」。
「は? 誰?」
「あちらに、御神籤のご案内がありますよ」
怪訝に眉をひそめると、ガイドさんが社務所の一角を指差した。気付かなかったのが不思議なくらい大きな看板が掲げられている。
【当神社の御神籤は、幸運の順に、大吉→中吉→小吉→吉→半吉→末吉→末小吉→凶→小凶→半凶→末凶→大凶、となっております。】
「ああ……半吉」
人名かと誤解したが、どうやら「吉」の仲間だった。上から5番目なら、まあ平均といった所か?
「まあ、半吉でございますか! おめでとうございます、斉城様!」
「ち、ちょっと、恥ずかしいから!」
境内に佇む参拝客の中には、虚ろな眼差しでこちらを振り返る者もいる。「大吉」ならともかく、中途半端な「半吉」程度で注目を集めないで欲しい。
「いえいえ。喜ばしいことでございます。それでは、次の目的地に参りましょう!」
ガイドさんは私の腕を取ると、ずんずんと参道を引き返す。
「ええ? 他になにか見たりしないの?」
「はい、こちらでの滞在は終了です」
「なんなの、このツアー……」
玉砂利で歩きにくい小径を、思いがけず強い力で引っ張られながら――転ばないように足を動かす。けれども私の思考は、御神籤の結果でも、この奇妙なツアーのことでもなく、先刻蘇った記憶に戻っていた。
竹林の道、野宮神社、嵐山――京都旅行。
京都は、修学旅行で一度訪れただけ。巡ったのは、金閣寺と清水寺と平安神宮。嵐山には行っていない。行ったことがない筈だ。じゃあ、あの会話はなに? 一緒にいた男性、あの横顔は誰なのか――?
観光バスが見えてきた。どうやら私は、多くのことを忘れているらしい。
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