第2の「運だめし」

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第2の「運だめし」

 バスに乗り、自分の席に座る。パンダを押し退けて、バッグの中を探る。あった、スマホだ。これを見れば、このツアーに参加するまでの経緯や、思い出せないのことも、なにか手掛かりがあるに違いない。 「ダメだ」  バッテリーが切れている。モバイルバッテリーも見当たらない。諦めて、バッグの中に放り込んだ。リトルマーメイドのチャームが揺れる。 『君、これが好きだったよな』 『そう。儚い恋に溺れるの……私に似てるでしょ』 『なんだよ、皮肉かい?』  筋肉質の男の腕が、背後から抱き締める。髪を鼻先で掻き分けて、項に唇を落とす。耳にかかる熱い息。猟犬みたいな激しさが――。 「ご理解ください、お客様!」  不意に蘇った記憶に引きずられて、つい首筋に手を伸ばした時、ガイドさんの鋭い声が飛び込んできた。腰を浮かせて前方に目を向ければ、彼女が昇降口で仁王立ちしている。 「凶以下を引かれたお客様は、お乗せすることが出来ません! 後程、お迎えが参りますので、お待ちくださいませ!」  御神籤の内容如何……というのは、本当だったのだ。途中下車を強いられるなんて、なんてツアーだ。  押し問答の末、数人の乗客人々を鳥居の元に残して、バスは発車した。 「大変お待たせしました、皆様。当ツアーは、次の目的地へ向かいます。しばらくお寛ぎくださいませー」  ガイドさんは乗客に向き直る。変わらない笑顔が空恐ろしく映った。 「お客様ー、斉城様、お降りくださいませ!」  肩を揺すられて目を覚ます。私は……また眠ってしまったらしい。 「……ここは?」 「はい、第2のでございます。早速、参りますよ!」  どうせ抵抗は無駄だ。ふらつく頭を抱えながら、ガイドさんの後に従う。 「ようこそ、お越しくださいましたー! 抽選会場は、こちらになりまーす!」  青い法被姿の若い男性が、笑顔で私を招き入れる。ホテルのロビーのような、厚手の絨毯を敷き詰めた広い空間。点在する大理石の柱の下に、ソファが配置されている。そこに力無く身を沈め、項垂れる人影が視界に入り、ゾッとする。 「はぁい、こちらのガラポンを回してくださいねー!」  広間の奥には、イベント会場の如く紅白幕で三方を囲んだ場違いな一画があった。そこに、福引で使われる「ガラガラくじ」と同じ構造の装置が立っている。大人の身長程もある八角形の箱には、野球バットさながらの長いハンドルが付いている。 「な、なにが当たるの……」 「回してみてのお楽しみでございます、お客様ー!」  きっと「ハズレ」を出したら、この場所に置き去りにされるのだ。暗い表情でソファに蹲る人々の姿が脳裏にチラつく。頭を振って不吉な想像を払い、両手でハンドルを握る。 「もうっ、ええい!」  半ばヤケ。力任せに大回しする。  ガラガラ……ポトリ  足元に転がってきたのは、白球ならぬ。 「ひっ……」  青ざめて一歩後退る。私の運も、ここまでか……。 「おおっ!」  法被の男性は、私の靴先から白玉を拾い上げると。 「おっめでとうございまぁす! 特賞が出ましたぁー!」  ――カランカラン、カランカラン 「や、止めてくださいっ!」  高らかに鐘を鳴らす法被男を慌てて制していると、肩を叩かれた。背後にガイドさんの笑顔がある。 「はい! それでは、赤い玉が出たお客様とは、こちらでお別れです! お疲れ様でしたー!」  幾つかのソファから、羨望にも嫉妬にも似た視線が私に纏わり、縋りつく。怖い。逃げるように、ガイドさんの後ろを足早に追いかけた。
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