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誘惑のパンダ
「鷹林絢萌ちゃん、ね?」
「……誰」
ツインテールの女の子は、校門の外で声をかけてきた見知らぬ女を怪訝な目付きで見上げた。
「初めまして。私は、お父さんの部下で、斉城史那です。お父さんに頼まれて、絢萌ちゃんをお迎えに来たの」
身構えたままの彼女に、私はスマホの画面を見せる。
「あっ……」
「絢萌ちゃんのお誕生日の時よね?」
父親とのプライベートな画像は、彼女の警戒心を壊すのに十分だった。念のため「偽の依頼メール」を用意してきたけれど、表示する前に、キラキラした笑顔が詰め寄ってきた。
「ホント? ホントに、パンダさんに会えるの?!」
「そうよ。お父さんは、出張で和歌山に行ったんだけど、お仕事が早く終わったの。明日、一緒にパンダさんを見るから『絢萌ちゃんを連れて来て』って連絡をもらったのよ」
話しながら、さりげなく手を伸ばす。温かくて柔らかい小さな掌が、ギュッと握り返してきた。
「ママは? 一緒なの?」
「ええ。明日、向こうで会えるわ」
「うわぁ! やったぁ!」
素直な反応が心に刺さる。それでも、計画を止めるつもりはない。
「せっかく遊びに行くのに、ランドセルは重いでしょ。お家に運んでおくわね。それから、新しいお洋服を買って、お洒落して行きましょ?」
「うわぁ、ホント?」
彼女のランドセルには、案の定、みまもり用のGPSが付いている。私は、用意してきた紙袋にランドセルを入れると、近くの郵便局から彼女の自宅へ発送した。その足で地下鉄に乗る。丸の内まで行くと、百貨店で子ども服とリュックを買って、ファミレスで夕食を取り、和歌山行きの深夜バスのシートに並んで座った。
「お姉ちゃんに、もたれていいよ」
小さなお姫様は、すぐに私に体重を預けて眠りに落ちた。
ヴィトンのバッグから、スマホを出す。彼から20通を超えるLINEが届いていた。
『娘が帰って来ない。まさか、君じゃないよな?』
『校門の近くで、若い女と話していたのを見た子がいる。君の仕業なのか?』
『史那、疑いたくない。返事をくれ』
『妻が警察に相談する。今なら、まだ間に合う』
『どこにいるんだ? 頼む、連絡をくれ』
時間を追うごとに緊迫感が濃くなる。私の犯行を疑いながら、彼は奥様となにを話しているのだろう。目撃証言通り、女の犯行なら変質者の線は低い。身代金の要求がなければ――犯行動機は絞られる筈だ。
――キキーッ
「なに……?」
タイヤの音が乱れている。異常な雰囲気に目を開けた途端、眠気の残る頭がグインと左右に振られた。窓の外はまだ暗い。高速道路を走行中、トラブルが起きているらしい。
「わぁっ、ぶつかる!」
「キャアアァ……!」
「絢萌ちゃんっ!」
咄嗟に、シートベルトの上から覆い被さった。悲鳴と激しいブレーキ音。それから――。
これは……罰なの?
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