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「じゃあ、死ぬのは怖くないのかい? このユカタンの生贄について調べたんだけど、心臓抜かれるんだよ? すごく痛いんだよ? ピッツのボールが胸に当たる程度の痛みじゃすまないんだよ?」
「痛くないようにお酒いっぱい飲まされるんだよ。ぼくも何度か飲んだことあるけど、お椀に数杯で朝までグッスリだったんだ。心臓を抜かれる痛みを感じる間も無く死ねるんだって。そうしたら女神様が楽園に連れて行ってくれるんだ。だから怖くないよ」
ここでも自死の女神へ信仰が壁になるか。テオは更にアプローチを変えることにした。
「死んだらお終いだよ? お父さんやお母さん、友達にだってもう会えなくなるんだよ!? 皆と一緒にいたくないの? 寂しくはないの?」
「……寂しい。でも、楽園に行けば皆はいつかやってくるから待ってる」
やはり自死の女神信仰がネックになるか。テオは両親の情に訴えかけることにした。
「あの、お父様にお母様、一人息子が生贄に捧げられることに何か思うものはないのですか?」
イツァエの両親はニコリと微笑みを見せた。
「生贄となる息子を私共は心から誇りに思います。本当にめでたいことです」
貴様らはそれでも親か!? 何がめでたい! テオは机を叩きつけ怒鳴りつけようとした。しかし、今の自分は異邦人、他国に居を預けている身で、他国の風習に口出しをしてはならない。これが異邦人としてのルールであり、これまでの冒険先でもずっと守ってきたことである。それ故に怒声を上げることはやめ、その怒りを胸の奥深くに呑み込むのであった。
しかし、今自分がイツァエを守ろうしているのは、風習への口出しに他ならない。自分でも何がしたいのかがわからなくモヤモヤとした念を懐きながらテオはイツァエの家を後にし、塒へと戻るのであった……
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