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そして迎えた新月の日、テオはお土産の入った茅袋を背に船へと戻った。
船員達はテオの帰還を心から喜ぶ。そして抜錨し、出航するのであった。
その道中、皆既日食が起こり甲板上は大慌てとなり慌てて投錨し、その場で待機となった。その甲板の縁ではイツァエがテオと並んで皆既日食を眺めている。
そう、テオはユカタンを後にする前に石造りの金字塔の石室にコッソリと侵入し、トウモロコシ酒を飲まされ酩酊状態となったイツァエを茅袋の中に入れて連れ去ったのである。お土産の貴金属は塒に放置されたままである。テオはそれを惜しいとは一切思わない。それ以上のものを手に入れたのだから当然である。
イツァエは甲板上で目覚め、生まれて始めて見る海を楽園への路であると考えた。目の前にいるのは自分が心安くしていたテオの姿。イツァエは首を傾げた。
「あれ? どうしてテオがここにいるの?」
テオはクリスチャンである。嘘を吐くことなかれと聖書に書かれているために嘘を吐くことはない。だが、その場だけは「我が主よ、嘘をお許し下さい」と天の神に謝罪と許しを乞うた。尚、他の船員達もテオから事情を聞き、自分達は楽園へと向かう船の乗組員であると芝居をしているのであった。
「イツァエと一緒に楽園に行きたくなってね。俺も神の導きを受けることにしたんだ」
イツァエは自分の胸を撫でた。心臓を抜かれた時の傷跡がないことを不審に思うが、今の自分は肉体を捨てて魂の体になったと自己解決に至った。
やがて、日食が終わり太陽と青空が戻ってきた。テオは更に嘘を重ねた。
「イツァエ、君が心臓を捧げてくれたおかげで天の蛇が太陽を返してくれたよ。おめでとう」
テオはただイツァエが生きていてくれて嬉しいと言う心からの歓喜の気持ちから「おめでとう」と述べた。
「これで、楽園に行けるんだよね?」と、イツァエ。
「ああ、そうだな」それを言うテオの目は船の横を飛ぶトビウオのように泳いでいた。
テオはいつかは本当のことを説明しなければならないと頭を抱えるのであった。
一方、ユカタン半島であるが…… 生贄のイツァエが姿を消したことで大騒ぎになり、皆既日食が起こると同時に阿鼻叫喚の恐慌状態が訪れたのだが、数刻後には皆既日食が終わり、太陽と青空が戻ってきた。皆は喪失したかと思われた神(太陽)の来訪を喜び合った。
そして、皆は「おめでとう!」と述べ合う。
それは生贄がなくとも神(太陽)は不変のものであることを知った歓喜の気持ちから出た言葉かもしれない。
おわり
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