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『サイドカー』に想いを乗せて
水曜の夜、閉店の時間になり、久我に見送られて2人が店を後にした。
「源臣さん、お疲れ様です」
いつもなら寝ているはずの時間に澪の声が聞こえて、久我はパッと目を向ける。
「澪、まだ寝てなかったのか。どうした?」
「なぜかこんな時間に雫が大興奮で、ようやくさっき寝静まったの。それで目が冴えたのでこちらの様子を見に来てみました」
「そうか」
「ところで……今帰ったのって、お義兄さんと堀田さんだよね?」
「ああ」
「あの2人って……どうなってるのかな」
澪の言葉を聞いて、久我は上を見上げて考え込む。
「うーん……どうもなってないだろう」
「やっぱりそうかな……」
弘臣がこの店に初めて訪れた時から約6年。堀田との出会いもその時。6年の間、2人は度々この店で顔を合わせては楽しげに会話を交わして帰って行く。
「堀田さんて、ちょっと変わった気がする。何ていうか……角が取れた?」
「角が取れたと言ったら聞こえはいいが……牙を抜かれた、の方が正しいんじゃないか?」
「そうなの?」
「うーん……俺の知る限りでも、堀田は仕事で壁にぶつかってる感じだからな。最近はだいぶ自信なくして小さくまとまってる感じがする」
久我にはバーテンダーに関する情報や噂が耳に入りやすく、堀田のことも耳に挟むらしい。
すると久我は思い出してハハッと笑う。
「懐かしいな。初めて会った時の堀田、カミソリの刃みたいにキレッキレだったもんな」
「そういえばあの時私、ホテルのセラーに閉じ込められたよね」
「あの時の堀田は怖いもの知らずって感じだったからな」
「ある意味素直な人」
澪もクスクス笑った。
「そういえば兄さんも、角が取れた気がするんだよな。堀田のおかげなのか……まあ、澪に牙を抜かれたのかもしれないけどな」
「えー、私が抜いちゃった? 雫じゃなくて?」
「雫は別枠だ。あれは牙があっても顔が緩む。兄さん、角が取れた分、少し余裕が出てきた気がするよ」
「眉間の皺が少々減りましたよね。お義兄さんは大きなもの背負ってるから、余裕が出るだけでも凄いと思う」
「病院経営・医師の使命・人の命。……確かにすげーな」
「お義兄さん、格好いいね」
「そうだな……」
すると澪が目を煌めかせて久我をパッと見た。
「どうにかできないものかなぁ」
「どうにかって?」
「だって、堀田さんはお義兄さんのこと好きそうだよね?」
「うーん……たぶんそうだろうな」
「お義兄さんはどうでしょう?」
久我は額に指を当てて考え込む。
「どうなんだろうな。兄さんはわかりにくいんだよ。ほら、医者ってヤバイ時でもあまり顔に出さない方がいいだろう? その癖がついてるのか、顔にあまり出ないんだよな」
「笑うのとかレアだもんね」
「だな。……まあ、外野があまり口を出さない方がいいだろう」
そう言いつつ、久我はふと思い出す。
「あー……でも俺、既にちょっと口出したわ」
「え、なんて?」
「『たまにはホテルのバーもいいぞ。堀田が東都ホテルのバーで働いてるから行ってみろ』って兄さんに言った」
「おお、源臣さんナイスアシスト。お義兄さん、行ったかな……」
「どうだろうな……」
二人でしばし考え込む。
行っててほしい。願いは一緒だ。
「何か二人に動きがあったら、私、積極的に協力しようと思います」
澪が拳を握るのを見て、久我は渋面を作った。
「あまり首を突っ込みすぎるなよ。恋愛は当人同士で動かすのが一番だ」
「ちょっとしたきっかけで動き出す恋もある……と、恋愛マスター・灯里が言ってました」
「……確かにそれも一理あるけどな」
きっかけくらいにはなりましょう、と二人で決めた。
「2人のことを考えてたら、ますます目が冴えてきました」
「澪、久々にカクテル作ろうか? 寝酒代わりに」
「あ、じゃあ……『サイドカー』を」
それを聞いて久我は苦笑いする。
「いつも堀田が頼むやつじゃねーか」
「いつも頼むから飲んでみたくなっちゃったの」
「まあ、わからなくもない。了解」
久我はブランデー・ホワイトキュラソー・レモンジュースをシェイカーに量り入れてシェイクすると、グラスを2つ準備する。
「あれ、二人分……源臣さんも飲むの?」
「おお。『いつも二人で』って意味だからな。澪が飲むなら俺も飲みたい」
「そっか。素敵なカクテル言葉なんだね」
「ああ。度数は高いからゆっくり飲めよ」
「はーい。……ではお義兄さんと堀田さんの幸せを祈って」
「乾杯」
〈『サイドカー』に想いを乗せて おわり〉
『Unleash The Love(アンリーシュ・ザ・ラブ)』へ続く
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