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「ただいまー」
憂鬱な気分のまま家に帰れば、
「おう、おかえり」
祖父が座卓に夕飯を並べてくれている。
「うわ、美味しそう」
「今日みんなで釣りに行ってな、釣れた釣れた」
「これなあに?」
「ヤマメ」
焼き魚に、なめこのお味噌汁、胡瓜の漬物に、茄子の煮浸し。
座ろうとした私は食事が2人分用意されている事を知る。
「え、二郎ちゃん食べてないの?バイトの時は食べてていいって」
「腹が減ったら先食べるから、さあ食べよ食べよ」
祖父はこうしていつも待っていてくれる。
この日も遅い夕食を祖父と食べた。
クイズ番組を見ながらお互い答えを言い合い、祖父が釣ってきたヤマメを美味しくいただいた。
バイトの日は祖父が夕食を用意してくれる。それ以外は私が用意する。
朝食は各自好きなものを好きな時間に食べる。
洗濯も各自で管理。
掃除は家の中は私、外回りは祖父。
門限はないけれど、遅くなる時や夕飯がいらない時は必ず連絡をする。
休みの日でもちゃんと着替える。
それが祖父と私のルール。
後片付けをしながら、明日のお弁当は素麺にしようと思いつきミョウガと大葉を刻んでおく。
そんな事もできるようになった。
私には両親がいない。
私を産んだ時、母親は大学生だったと聞いた。
大手の企業に内定が決まっていた母は、私を産むと実家である祖父母宅へ私を預けたそうだ。
私を産んだ事を知らなかった祖父母は激昂したそうだが、実家から通えるはずもない都会の大手企業に就職する母は私を押し付けるように置いて行ったらしい。
誕生日とクリスマスにはプレゼントが送られてきていたが、母が帰ってくることはなかった。
祖父母も近所の人も私を可愛がってくれた。
母の居ない寂しさはあったけれど、祖父母も愛情をいっぱいくれたし、近所のおじさんおばさんも、友達も、みんなが優しくて親切だった。
田舎でののんびりした穏やかな生活に変化があったのは中学二年を迎えた春だった。
それまで一度も帰ってきた事のなかった母が突然来たのだ。
そして結婚するから私を連れて行くと言い出したのだ。
当然、祖父母はまた激怒したが、母も折れなかった。
戸惑う私を他所に、母は田舎から遠く離れた街で暮らすから、と祖父母に内緒で転校の手続きまでしてしまった。
そうして夏休み明けの二学期から私は母と暮らす事になり、お別れ会を盛大にしてもらい夏休みに入った。
心臓の悪い祖母に心配かけたくない一心で、母と暮らす事を喜んで見せた。
心配で仕方がない祖父に、新しい街での生活が楽しみだと繰り返し言葉で伝えた。
親と暮らすのが一番だよ、と御近所さんに後押しされる形で渋々祖父母は納得してくれた。
そうして夏休みもお盆を過ぎて、あとは母が迎えに来るのを待つだけになった残暑。
母は突然、結婚がなくなったから一緒には住めない、と言ってきた。
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