第一章

5/40
前へ
/241ページ
次へ
 ことりは頭を下げて、そそくさとアパートの階段を登っていった。階段の途中で振り向くと、平沢の鋭い瞳がこちらを見ていた。彼女が着ているセーターには、いつも大きな動物の絵柄が入っていて、今日は猫だった。それがますます威圧感を与えてくる。ことりはびくりと震え、急いで階段を駆け上がった。部屋に入ると、隣室の声が聞こえてきた。隣に住んでいる男は、いつも部屋にいて、何かをぶつぶつ呟いている。このアパートは家賃を二度見するほど格安な代わりに、壁は薄く、建物は老朽化していた。おまけに、何者なのかわからない人が大勢住んでいた。おそらく、ことりを含め、他に行き場のない連中なのだろう。ことりはパン屋でもらってきたパンの耳を、コンソメをお湯で溶かしたものにつけた。お世辞にも美味しいとは言えないが、腹は膨れる。食事を終えたことりは、せんべい布団に横になった。女を武器にして金を稼ごうにも、ことりはいわゆる女らしさからは程遠い見た目をしていた。ボサボサの髪とそばかすの散った顔。バストサイズはブラジャーがいらないほど小さく、ガリガリの手足は折れそうなほどに細い。大学の同級生からは陰で「手羽先」と呼ばれていた。
/241ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加