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第1話 春の教室の片隅で
りんご りんご なぜ赤い?
赤くなるのは 誰のせい?
そんなの りんごだって知らない
赤くなること 止められず
今日もりんごは 赤くなる
ああ──さわやかな風だなあ。
みどりの風っていうのかな。新緑の匂い。いい香り。
目をそっと閉じる。
聞こえるのは、にぎやかなクラスメートたちの声。
春を感じる教室内で、高校一年生へと無事に進学したわたしは自分の席で背筋を伸ばして座っていた。
窓ぎわ一番前の席──この位置の席には、昔から座り慣れている。相川倫子という名前のおかげで、新しいクラスになるたびに出席番号順でこの席になっていたからだ。
一番前の一番すみっこ。そこが、わたしのいつもの居場所。
左手の窓のすき間から、さやさやとそよぐ春風が舞いこんでショートボブの毛先を踊らせてくれた。
まるで、今のわたしを元気づけてくれるように。
(ほんとうに、気持ちいい風)
この二階真ん中に位置する一年C組の教室は、グラウンドへの見晴らしがとても良い。だからつい、窓の外ばかりを見てしまう。
でも、わかっているんだ。
これが──現実逃避だということは。
入学式後の今の教室内では、新しいクラスメートたちが高校生活での友人を作るべく、近くの席の子たちとおしゃべりをしている。
ワイワイ、ガヤガヤ。
どこ中? 名前は?
そんなお互いを探りあおうとする友達作りへの第一歩が、あちこちで始まっているのだ。
でも、一番前の席のわたしはその輪の中に入ることができないでいる。
なぜならわたしは──極度の緊張症で。
うしろの席の女の子に話しかけたい……話しかけなきゃ! と焦せる心とは裏腹に、体は緊張して固まってばかりで、振り返ることができなかった。
気がつけばうしろの席の子は、さらにうしろの子に話しかけられたらしく、そちらとおしゃべりを始めてしまう。ああ、配られたプリントを渡したときに「ありがとう」って言ってくれた、やさしくて話しやすそうな子だったのに……。
(わたしって……本当にダメなやつ)
高校生活の初日なんだから、もちろんわたしだって友達を作りたい。
でも、こんなにあがりやすい性格だし、やっぱり無理なのかも……。
せっかく自由な校風の紫ノ丘高校に入学したのに、わたしはただうつむくばかりだった。
うしろの女の子と話せないので、視線をうろつかせるしかない。左側は窓、右側には男の子が座っている。
でも、そちらに話しかけることはできなかった。
だって男の子はちょっと……怖い。
(となりの子が寝ていてくれて良かった)
ちらりと右横を見れば、となりの席の男子生徒は上半身を机に突っぷして寝ていた。
組んだ腕におでこを当てているので、顔は見えない。セットされた重力に反した短い髪が、春風でさわさわと揺れていた。
男の子は苦手だ。
他人とのおしゃべりは苦手だけれど、その相手が男の子というだけでハードルはさらに上がる。
だって、男の子との会話でいい思い出はあまりない。
ううん、むしろ…………。
「うわぁ!」
「!?」
突然となりの男の子が、ガタン! と机を揺らして大声を上げた。
いきなり上半身を起こしてキョロキョロあたりを見渡し始めたので、わたしはあわてて顔を窓側に向けてしまう。
い、一体なにごと?
「へ? あれ? おれ……マジ寝してた?」
そんな声が聞こえた。
な、なんだ。寝ぼけてただけなのか。
するとそんな彼に話しかける、べつの声も聞こえてきた。
「びっくりしたー。急に大声出すなよなぁ」
非難めいたセリフなのに柔らかく聞こえたのは、その声がやさしかったからに違いない。寝ていた男の子のうしろの席の子が、声をかけたのだった。
つい、ちらりと二人を見てしまう。
「悪いわるい、あんまり気持ち良くてさ。うたた寝してた」
寝ていた子は体をこちらにひねり、うしろの子と話し始めた。そうすると彼の顔がよく見える。
強気そうな瞳が笑ってたわんでいて、おでこは腕にひっつけていたせいかうっすらと赤くなっていた。
「ははっ、校長の話、長かったもんなぁ」
うしろの席の子はクリッとしたリスみたいな目をしていた。寝ていた子よりひと回りも小さそうな彼、男の子にしてはちょっとかわいく見える。
「だよなー。校長んちの庭の梅なんて興味ないのにさ。あ、語尾の『ですねぇ』気にならなかった? おれひまだから、数えちゃったよ」
「気になった! なんだあのイントネーション。何回だった?」
「二十五!」
「うそ、まじ? やばいなそれ!」
仲良さそう。同じ中学だったのかな。
なんて思っていたら。
「で、お前だれ?」
と、寝ていた男の子が言ったので驚いた。
「ぼく、鈴木奏! 北中出身、よろしく」
「おれは五十嵐蒼太。青葉中。よろしくな」
(ええっ!?)
しょ、初対面同士なの!?
な、なんて高いコミュニケーション能力……!
感嘆して、おもわず彼らをジロジロ見てしまう。
それが良くなかった。
彼──となりの席の五十嵐くんと目が合ってしまったのだ。
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