第六章

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第六章

問題は自転車置き場にあった。自転車置き場の入り口が、急なスロープになっているのだ。 じいちゃんは、3輪の自転車だから安心だよと言いながら、自転車に乗るため方向転換しようとしたら・・・  「あ!!!」  その後、救急車である。  自転車で急な坂で転倒。全治3か月の腕の骨を折る、大けがをしてしまったのだ。  腕だけでない。足の関節もねじって痛めた。あえなくあすなろ病院に入院。それが、暮れも押し迫った、年末の出来事であった。  何しろじいちゃん、一人暮らし。身寄りも遠く、神奈川県小田原市に住んでいるため、けがをしても、そうちょくちょく看病に来られないらしい。  小田原なんて言ったら、JR東海道線もあるし、小田急の本線もあるし、はたまたちょっと無理しようと思ったら新幹線も使えるのに、距離的なものと家庭の事情で何やら看病してくれる人が、常時いないらしい。  たまたま隣の3階に住んでいる自分は、平岡のじいちゃんを我が親のように慕っており、それは自分の両親が大阪市枚方市に住んでおり、もう70歳を越えてきて老いが激しくなり、あと10年もしたら自分が面倒をみなければならないのである。  出身がもともと、関西、大阪府、京阪電鉄沿いであった龍太にとって、仕事の関係上で関東地方、千葉県千葉市に転勤になったのでさつき台に住んではいるが、この平岡のじいちゃんを見ていると、自分の両親とシンクロして、第1次ベビーブーマーの自分の両親、そして、第2次ベビーブーマーである息子の自分が、丁度重なってしまうのである。  龍太はまだまだ独身で、両親も結婚を果たしてくれ、孫の顔を見せてくれと懇願しているのではあるが、なかなか縁に恵まれずここまできてしまった。  友達の息子さん、娘さんももう大きくなり立派に成長しているが、若いゼネレーションZと呼ばれている世代も、相当大変らしい。  いや、質が違うのだが、若いゼネレーションZ世代は、生まれた時は大変なテロ、小学校に入ってみたらリーマンショック、中学校に入ってみたら東日本大震災、そして大人になってみたら疫病・・・  本当に耐えがたき受難を経験した、本当の受難の世代なのである。  自分が大阪の学校を卒業した時は、就職氷河期になっていて、自分たち第2次ベビーブーマーこそ大変なのであると、思いはしていたものの・・・  おじいちゃん、おばあちゃん、それを看護する若いヤングケアラー・・・経済的困窮から、進学できない、ご飯が3食食べられない、相対的貧困、親ガチャ・・・  怒りたくても誰に、どんな大人に相談していいかわからない・・・  この、厳然たる現実。  第2次ベビーブーマーの自分。若い頃のバブルの経験。  骨を折ってしまった平岡のじいちゃんを見舞いに行くと、 「自分は何をやっているのだ・・・」 「自分は何をやってきたのだ・・・」 と、後悔と懺悔の念が、心の奥底から湧いてきて、 「俺は、本当にこのままでいいのか?」  と、見舞いに行って、 「ありがとう、ありがとう」 言う、平岡のじいちゃんを見ていて、抑えきれない悔恨の念が湧いてきて、 「おいおい、第2次ベビーブーマー、これでいいのか・・・」 「龍太、これでいいのか・・・」 と、老いゆく自分の両親、平岡のじいちゃんのような、豊かな日本を作ってきてくれた大先輩方、第2次ベビーブーマーの自分たちの子供の世代、1次ベビーブーマーから見たら、孫の世代、ゼネレーションZは、もっともっと苦しんでいる・・・ 自分はどこで、道を踏み外してしまったのだ? 自分たちの世代は何をやっている? 自分はこれでいいのか? 何か、怒りと、懺悔と、悔恨と、贖罪と気持ちがぐちゃぐちゃに混ざり合い、 「あの、自転車置き場の坂道のハプニングが気づかせてくれたのだ・・・」 と、見舞いにいって、微笑みかける平岡のじいちゃんをみて、 外は、雪がどんどん積もってくる、雪が降ればまた、あの自転車置き場の坂道は、危険になる、 危険になれば転ぶ、じいちゃん、ばあちゃん、小さい子がでてくる・・・ 俺は、一体・・・ 南岸低気圧は、益々発達してきた。 スマホのアプリが、千葉市の大雪警報を知らせる、 「じいちゃん、悪いけれど、俺、やることあるから、早めに帰らしてもらうわ」 じいちゃんは、 「ああ、そうか。また、今夜も淋しくなっちまうね。ありがとっよ。あんたが、きてくれるから、じいじは、けが治さなきゃと思うよ」 と、言ってくれた。  あの、危険な坂道の自転車置き場。 「雪かきしなきゃ」 「また、転ぶ人が出る」 これは、まずいと思った。 普段、ふざけてばかりいて、さつき台で友達たちと大声でしゃべり、近所に迷惑をかけているであろう俺。 必要としてくれる平岡のじいちゃん。自分の両親。大切な弟。よくしてくれる会社の上司・・・ もう、気持ちがない交ぜのぐちゃぐちゃになって・・・ 「じいちゃん、行くわ」 龍太は、居てもたってもいられなくなり、あの自転車置き場のあるさつき台に、大雪警報の出る中、歩き出した。 1時間?いや、1時間半くらいかかるかもしれない。 龍太は、必死に大雪の中を歩き始めた。 途中の峠町消防所からは、救急車が緊急出動のためサイレンを鳴らしながら出ていく。 また、誰か雪で転んだか? 龍太、雪かきしろ、せめてもの自分にできることはそれしかない。 あんな、じいちゃん、ばあちゃんばっかのさつき台団地で、若い第2次ベビーブーマーの俺たちが、雪かかなくてどうする?  いつもいつもみんな知らん顔で、誰も雪かいている人、じいちゃんばあちゃんばっかでいないけれど、自分の住んでいる20号棟くらいなんとかしろ!!  我を忘れて、若い世代の人たちにも申し訳ないと思い、雪道の行進が始まった。 「近所に迷惑かけているのだ。少しは、貢献しなきゃ」 龍太は、オレンジ色のランプが永遠の道のように並ぶ、車をよそに、歩き出した・・・ 44509d5b-e52a-4db4-9a33-6e1fad28e64d
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