第九章

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第九章

すると、20号棟2号階段から、何やらスコップでかいている音がした。 若い女性? フード付きの薄いウィンドブレーカーを着ているからわからない。しかし、よく見てみると・・・ 若い奥さん?小柄な女性が自宅からスコップをもって、2号階段の前を雪かきしているのだ!! 自分はビックリし、少し呆然となりながらあっけにとられ見ていたら、女性が近づいてきた。 「今日は、あいにくの天気ですね。私、雪大好き。でも、流石に今回ばかりは、ひどい雪ですね」 驚いた。龍太はすかさず、 「お疲れ様です。ちょっと大変ですけれど、頑張っちゃいましょうか?」 と、おどけてみせたら奥さんがにっこり笑い、 「やっちゃいましょう!!Let’s try!」 と言うので、龍太はハンマーで後頭部をたたかれたように衝撃を受け、この奇特な奥さんに、 「ありがとうございます」 と、一礼して20号棟1号階段の前だけでなく、2号階段の前も、スコップで渾身の力を入れて、かき始めた。 気温が下がってきた。路面の凍結が始まっている。 「私、明日も車で出勤だから、路面凍結したらまずいのですよね。息子たちも学校に行くのに転んだらまずいから」 確かにそうなのである。まだ降り始めだったら、今のうちだったらまだ雪もかけるかもしれない。でも一番恐いのは、次の日の朝の路面凍結なのだ。 「明日、最低気温マイナス1度だって気象庁いっていましたよ」 それだったらなおさら路面凍結だ。雪はどんどん降ってくる。視界も悪くなってきた。 しかし、この奥さんに、どれだけ龍太は救われたことか。やらなくて後悔するよりも、やって後悔したい。その執念がまさか、2号階段の奥さんと協力して雪かきをすることになることになるなんて・・・  その時である。 「あの?」 何だ?後ろから声がした。 後ろを振り向くと、初老の老人が立っていた。 「私にも、手伝わせてくれませんかね。ただ、スコップがなくて、ちりとりで何とかなりませんかね・・・」 またまた、勇気百人力の気持ちがこみ上げてきた。 「旦那さん、宜しくお願いします!足元がよくないので、じゃあ、自転車置き場の入口、坂でないところだけ、雪をすくってくれませんか」 「分かりました」  その、初老の3号階段から出てきた男性は、よろよろしまがら雪をかき始めた。さっきまで、自分たちのことを無視して早歩きで去っていく男性親子もいたのに、優しく優しく・・・ 見ていてくれる人は、見ていてくれている。これは本当の言葉なのだ・・・ と、二人に感謝し、万感の思いを込めて無心でスコップを路面に滑らして、雪をはがしにいった。  それでも、雪はどんどん降ってはくるのだが、20号棟の1号階段、2号階段、3号階段の前の、車道、歩道だけは何とか通れるだけのスペースが確保された。次々降るので、またかいては降って、降ってはかいての連続ではあるが・・・  時計は午後9時。  一応、形にはなった。奥さんと、初老の男性に、  「もう、ここまでやれば大丈夫ですよ」  と、声をかけ一言奥さんに 「寒くないですか?」  と、無意識に声をかけてしまった。  「え?」  という感じで奥さん。  まずい、まずい。この勇気ある奥さんに、ちょっと恋心を抱いてしまった。とっさに、とりつくろうが、奥さん何か感づいたみたいで、 「では、失礼します」  と、お茶を濁してそそくさと帰ってしまった。  これはまずかった。仕方がない。後味悪いなと思いつつも、初老の男性にも一礼し、謝意を表した。 「これでよかったのだ・・・」 龍太は、さっきまで自分の不甲斐なさ、非力さ、無念さで押しつぶされそうになっていたのに、心の中に温かいほのかなランプが、煌々と輝くのを感じた。  さて、明日の朝、どうなっているか・・・  じいちゃんのことを考えながら、自宅の玄関に消えていった・・・
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