光の泉

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 白華(びゃっか)村の長い冬が終わり、木々は花をつけ始めた。辺りに桃の香が漂い始めたころ、この村では春を祝う祭りが開かれる。  人々は朝早くから広場に集まり火を焚いた。食べ物を持ち寄り、歌を歌い、踊りを踊って一日を過ごすのである。 「精衛、お酒が足りないわ、持ってきてちょうだい。あと果物もいくつか持ってきて」 「わかりました、持ってきます」  宴は村長の主催で行われる。村長の娘である精衛も朝から支度に大忙しであった。  大きな瓶を持ち上げようと苦戦していると、隣から大きな手が伸びてきてひょいと持ち抱えた。 「手伝おう、おまえが持つには重すぎるよ」 「黒狼(ヘイラン)、手伝いに来てくれたの、ありがとう」 「おまえの母さんに聞いたら、おまえがここにいるって教えてくれたんだ。他にも運ぶものはあるか?」 「いいえ、大丈夫。あとは一人で持てるから。なにか私に用?」  並んで歩きながら尋ねると、黒狼は視線をわずかに上げた。 「今夜はさ、瑞花の森で光草(ひかりそう)が花粉を飛ばすだろう? それを一緒に見に行こうと思って」 「本当! 夜になると森には狼が出るからって一人じゃ出かけさせてもらえないの。でも黒狼と一緒なら大丈夫だわ、だって村で一番強いんだもの」 「俺なんかまだまだ強くないさ、でもいつか誰よりも強い男になる。この村を守るために」 「それは頼もしいこと」  精衛と黒狼、今年十四になる二人は互いに顔を見合わせて笑った。  大国の北端に位置する白華は雪深く、貧しい村である。時折山から食料を求めて降りてくる熊や狼にも手を焼いていた。  瑞花の森は山のふもとに広がる森だ。奥深い森で、新月の夜には黄泉の国への入り口にもなると大人たちは子供たちに話して聞かせていた。好奇心で森へ入るのを防ぐためである。新月の夜は特に暗く、獣たちが徘徊するのだ。   「ここに置いたらいいかな。じゃあ、日が落ちたら迎えに行くから」 「わかった、手伝ってくれてありがとう」  広場に荷物を置くと、黒狼は人々の輪に入っていく。精衛は準備を手伝おうと母親の姿を探した。  精衛は日が落ちるのが待ち遠しくてたまらなかった。兄妹のように育った黒狼が逞しく成長するにつれ、精衛は淡い恋心を抱き始めていたのである。二人で出かけるのにときめかないわけがない。    
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