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約束を交わした夜から数年が経ち、二人が成人する年になった。昨年から都へ出稼ぎに出ている黒狼がもうすぐ村に戻ってくる。互いの家に挨拶に行く日をいつにしようかと考えていた精衛の耳に、信じられない話が入った。
それは、短い夏の終わり、珍しく都からの使者が村を訪れたときのことである。使者は精衛の家に宿泊していた。
「この村に黒狼という若者がいるでしょう? 先日行われた武術大会で良い成果を挙げた者だ」
立派な青年に成長した黒狼は武芸の覚えもよく、年に一度、都で開催される武術の大会に村を代表して出場したのである。優勝に手は届かなかったが、上位まで勝ち進んだと聞いて精衛も喜んだものだ。
父が「明日戻る予定です」と答えると、使者は予想だにしないことを話し始めた。
「王の三番目の姫様がその者をいたく気に入りまして、婿に迎えたと言うものですから、この度その者の意思を聞きに来たのです」
精衛は思わず悲鳴を上げてしまいそうだった。ドクドクと、早くなる鼓動の音がうるさい。
「彼の者はうちの娘と婚約しております」と、父が答える前に使者は言葉を続けた。
「もちろんただでこの村から若者を連れ出すつもりはありません。婚姻が結ばれたのちには、この村に多大な援助をいたしましょう。暖を取るための燃料や厳しい冬を越すための食糧の援助を約束します。村長殿はいかがお考えですか」
使者の言葉に、父の目の色が変わるのが分かった。
「それはありがたい。姫様は大変お美しいとの噂がこのような辺境の地にも届いております。黒狼が断るはずはないでしょう」
「では、明日にその者の意思を確認させていただきたく存じます」
二人の間で交わされた言葉に、精衛は頭を横に振った。肌身離さず持っていた櫛を手に握る。
黒狼が承諾するはずはない。大丈夫だと、必死に心を落ち着かせた。
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